○拡散する渥美清、あるいは兵役なき時代のイニシエーション ー   難波功士 「ヤンキー進化論」感想
(光文社新書 ISBN:9784334035006)


渥美清主演の映画「拝啓天皇陛下様」は、ウィキペディアでは喜劇とされているが、今時分の「喜劇」とか「コメディ」のそれとはずいぶんかけ離れており、なんとも言えない渋みに満ちている(以前書いた評はこちら)。
本作は棟田博の兵隊小説「拝啓天皇陛下様」が原作。戦中戦後を生きたツイてない男のハナシ。1963年封切られた。
渥美清演じるヤマショーは、無学の男。ろくすっぽ働き口もなく、貧乏を友とした。徴兵で入隊した彼は、朝昼晩とメシが食えて給金がもらえる軍隊の快適さにひどく感動し、天皇陛下の兵隊という自己認識を抱くに至った。
戦後、日本軍は解体しヤマショーは「天国」から墜落する。隊でモノをいった年功序列もシャバでは屁のツッパリにもならかかった。所帯を構えやっと幸せが巡ってきたという矢先、ヤマショーは交通事故で死ぬ。繰り返しになるが、本作は今日的な基準での「喜劇」ではない。
ふと思ったのは、ヤンキーのことだ。彼らは基本的に中学や高校などの地元を拠点とするという。つまり進学や就職で地元を離れたものは、ヤンキーへの登竜門をくぐれない。徴兵がない今日、ヤマショーのような男は間違いなくヤンキーの門を叩いたのではないか。むろんヤンキー側にかつての軍隊並の度量が必要ではあるが。
「進学のため上京」とは、戦前戦後区別なく前途洋々な将来の切符を意味した。これは「四民平等」が、藩閥的寡占政治の安全弁として機能したことと無関係ではない。薩・長・土・肥以外の旧版籍の人間にとって、軍人、商人、教員のみが栄達の道だったのだから。一見戦後の「上京」は、戦前より多様化したように見える。が、実は先鋭化したのかもしない。何が言いたいのかといえば、戦後高等教育は官僚養成機関に焼け太りした、ということ。
戦後の「上京」物語は、軍という道が閉ざされ結果的に官の道が強く敷かれた。無用化した兵隊的訓練は、工員のそれに急ピッチで転換された。
ところが学校現場では厄介な連中が跋扈しはじめる。不良、今でいうヤンキーの登場だ。
連中は基本的に勉強嫌いだが学校が好きだったりする。国家デザイン的エリート視点から見た学校とヤンキー側からみたそれのズレがココにあるようだ。
もしかすると、ヤンキーとは進学や就職による上京の夢絶たれた者たちの集まりでなかったか。むろん、ドロップアウトした者もいるだろう。が、それは「上京」を阻害する地元的(旧弊な)因子のためだったかもしれない。
ヤマショーの「天国」だった軍隊のように、ヤンキーもまた、先輩/後輩の縦の関係が強い。いまどきのへらへらした若いヤツが、案外礼儀正しかったする場合、それはヤンキー的縦社会の賜物だといえる。東国原宮崎県知事が、徴兵制の導入で若者を鍛え直せてという趣旨の発言をし、物議を醸したことは記憶に新しい。東国原氏といえば、後輩芸人にたいする暴行嫌疑で警察沙汰になったことのある鉄拳制裁も辞さない「教育者」だ。だが、当人自身の軍役経験は、たけし軍団しかないのだから笑ってしまう。
「ヤンキー進化論」。著者の難波功士の言い分は、メディアがヤンキーを形成している!ということ。
ところで本書のアマゾンのレビュー評価は惨憺たる有様で、これは難波の説明ベタに問題があるのだが、ダメの烙印を押すにはもの凄く惜しい本だと擁護したい。というか、メディアがヤンキーを形成しているという難波説はたぶん正しいと思う。
ヤンキーは目立つこと生来好む。けれど縦社会の末端にいた場合、「上」以上に目立つわけにはいかないという「下」なりの空気読みが生まれる。
ここで空気読めないヤツは、ヤンキー社会で排除される。空気読みの出来る「下」は、地元の伝統を睨みつつ、ヤンキーマンガやヤンキー雑誌を眺めるのだ。つまり、「下」の連中は、マンガや雑誌のビュジュアル紙面を「教科書」に、「上」に対して申し訳の立つ「目立つ」コツを学ぶのだ。学ランが廃れ、ヒップホップ系ファッションがヤンキー主流になったのも、代々受け継がれてきた学ランは伝統の重みでおっかなく触ることができず、たまたまコンビニで立ち読みした雑誌のヒップホップ系にピンと来た、というのがキッカケだったかもしれない。
ヤンキーが強面のわりに冗談が通じそうなのは、連中が先輩の視線と自身のヤンキーアイデンティティの発露の板挟みでもだえ苦しみ、コンビニで霊感にうたれ、ファッション的にトンチを利かせて突破!という濃厚な通過儀礼空間に生きていることと無縁ではないだろう。



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