○暗部に斬り込だ!式のドラマチック要素は極力薄く、淡々とした筆運びに猪野萌え! - 猪野建治「興行界の顔役」読み中。
ちくま文庫 ISBN:9784480039798


猪野はノンフィクション作家。日本ジャーナリズム界における、近代ヤクザ、アウトロー分野の泰斗的存在。本書「興行界の顔役」は、松尾国三(日本ドリーム観光)、林正之助吉本興業)と並ぶ、日本興行界の草分、永田貞雄にフォーカスし、芸能、プロレス、浪曲の興行世界の舞台裏を書いたものです。
昭和30年。民放連は、対NHK紅白で『十大歌手による民放祭』を企画しました。けれど、肝心の歌手選考が杜撰を極めたのです。この杜撰さは、「おれ等が出してやるだ」的民放側の天狗のオゴリが原因だったようです。昭和三十年代といえば、ラジオに加え、テレビも登場。民放首脳陣の脳内でウハウハな未来が描かれていことは、想像に難く有りません。ま、そんな時代なわけです。
で、杜撰な選考。その余波は思わぬトコに飛び火しました。
山口組!!
お気に入りの三橋美智也が十大歌手選考に漏れ、田岡さんがマジギレしたのです。
田岡さん、行動速かった。三橋さんに加え、美空ひばり、春日八郎、江利チエミ雪村いずみ、近江敏郎を電光石火に押さました。そのココロは、民放祭当日両国日大講堂で『十大歌手競演歌謡ショー』をぶつけるというものでした。
と、まあ、民放を敵にまわして興行打合を画策する田岡さん。結局、土壇場で山口組二代目・山口昇と杯を交わした男、永田貞男の仲裁で田岡さん側が『十大競演歌謡ショー』を中止する一方で、民放側は十人増やして『二十大歌手による民放祭り』開催で手打ちとなったのです。シャンシャン。
のりピーの麻薬所持を弾劾裁判的に報道したりする昨今の民放各社ですが、かつてヤクザの田岡さんにアタマを下げて商売してたのですから、あまり他人を強く非難するのもどうかと思いますね。
にても田岡さん。。。ソモソモが目にかけて三橋美智也をコケにされたという原因つーのがアレすぎ。イチャモンといえばイチャモンのような気もしないようなするような。ま、民放の選考の杜撰さを糾すという侠気の発露とみるか、「ドラえもん」のジャイアン的横暴とみるか意見が分かれそうデス。

「立花クション」。
ハナシはガラッと変わります。「立花クション」とは、ぼくの造語で、取材対象へ感情共振的筆致が特徴の今日的ノンフィクションを意味します。先駆的成功者の立花隆さんの名にちなんで、そう名付けました。
「興行界の顔役」を読んで感じたのは、そうした「立花クション」の濃さというか臭みのなさでした。兎に角田岡さんネタはハズレなしにスゴイ。けどそんな凄いネタに不釣り合いなアッサリした猪野文体がこれまたナイス!なのです。
さいきん旧道脇の石垣から湧き水がでるようなってね、それがメチャメチャ旨いから、ちょっとペットボトルで汲みに行こうか!なんて感じの、まるで草履ばきで町内散策するようなテイで、猪野さんはやくざやテキ屋などの日本アウトロー界隈を案内してくれるのです。それがこの本のチャームポイントだと思いました。
喩えるなら、武張りやリキみ漲った「立花クション」は、濃厚豚骨スープ。かたや猪野文体は紛れもないかつおだしのおつゆ。なんでスープに喩えとかというと、「より濃い味を指向」が蔓延している気配を感じるからです。
ラーメン屋や版元はそれを良かれと思ってやってるのかもしれませんが、分厚い素(取)材さえあれば、ぼくたちお客気持をぐっと攫んで放さない十分なラーメンなり、ノンフィクションが出来るはず。猪野さん文体はその好例だと思うのです。というか、今回この本を読んで、「立花クション」の演出過剰な臭さに気づかされました。あっ、コレは菊地成孔大谷能生「アフロ・ディズニー」でいう強旋律問題の影響でもありますね。ま、そんなこんなで猪野サン、ありがとう。
分野やスタイルで毛嫌いしたり、固定観念で眺めたりしがちなボクの読書ライフですが、猪野建治「興行界の顔役」と出会い、先入観なしに本や作家、そして世の中を眺めることの大切さを改めて教えられました。
あと、最近のぼく注目ヤンキーとの兼ね合いでヤクザを考えてみると、ヤクザのモノトリアム状態がヤンキーといえるかもしれません。シノギのない日常っていうかね。ま、そのハナシは別の機会に。



興行界の顔役 (ちくま文庫)
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プロレス興行とマスコミ報道という切り口で、この本をからめて書きたかったが、力量不足で断念。。。うみゅー。。。