◎「悪童日記」、「ふたりの証拠」、「第三の嘘」。アゴタ三部作感想。


◇「悪童日記」。双子の男の子のはなし。彼らが祖母にあずけられ、忍者ばりの自主訓練のすえ強靭な精神力と生きる知恵を手にする過程を描いたもの。タイトルの「悪童日記」はふたりが帳面に記している訓練や見聞きしたものを綴ったものを匂わせる。戦争中、庇護者の祖母はどケチという悪環境を淡々と切り抜けていくふたりはクール。実際悪童なのでなく、肝の太さが悪童なのだ。子供ハードボイルドって趣ある。
だから主人公「ぼくら」のその後が知りたい思い、続編の「ふたりの証拠」、「第三の嘘」と読みついだ。
「ふたりの証拠」はソ連に占領されたハンガリーらしき国の双子の片割れのはなし。「第三の嘘」は包括的な位置どり。つまるところ「悪童日記」、「ふたりの証拠」という前の二作もまた嘘(フィクション)であるというで宣言にほかならない。
フィクショナルな日記というスタイル、悪童の「ぼくら」とはアゴタの実人生の隠れ蓑。つまり、三部作は虚構のフィルターをかけて語られたアゴタの身の上話だ。悪童の「ぼくら」が訓練で克服したはずの胸の痛みは、「ふたりの証拠」以降全開になる。それは作者アゴタ自身抱える望郷の念から噴き出ている。
悪童日記」のふたりが日記を記す上で肝に銘じたこと。主観を排し客観的に綴るというスタイルは、まんまアゴタ文体の特徴でもある。実際アゴタは上手い作家ではない。技巧を駆使し、語彙力とそのコンビネーションによって読む手に心を鷲づかむタイプの作家でない。けれど、「悪童日記」に始まる三部作はとても強い。強く読むものを揺さぶる。ハヤカワ文庫は当然印刷物なのに、アゴタの凄まじい筆圧が熱を帯びてこっちに押し寄せてくる。市彼女の作品のエンジンは、書いても書いても鎮められない己のなかの郷愁と悔恨だ。
「第三の嘘」は二つの意味がある。三作目のフィクションという意味と、双子の片割れの決断が実際とは真逆であるということ。実際アゴタ自身は生きてる。彼女は切腹の機会を永遠に奪われた侍だ。故郷を捨てた自分が生きながらえている。アゴタはそのことを悔い続けている。彼女は、故郷より故郷でない場所を選んだ過去を悔いている。望郷。故郷を渇望する強いおもい、それがアゴタを作家たらしめている。


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