ポール・トーマス・アンダーソン監督「ザ・マスター」感想。
(内容に踏み込んでいるので、本作観賞後読むことをおすすめします)


◇「ザ・マスター」は、あるカップルの話。
カップルと言っても男女じゃない。男と男。新興宗教の教祖と教団に迷い来んだけどアル中男。師と教えを乞う者、けど実はお互い惹かれ合っている。けど当の本人たちは無自覚。むしろふたりの周囲が察知し、危惧している。

考えてみると、「パンチドランク・ラブ」もカップルのはなし。「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」も男ふたりの対決を描いたものだし、あの「ブギー・ナイツ」もポルノ映画監督と男優、「ふたり」の話だった。
一組の男女、あるいは男同士のコンビという画づら、ポール・トーマス・アンダーソン監督十八番なモチーフなのかもしれない。

酒。フレディ(ホアキン・フェニックス)は酒のせいで人生を持ち崩している。彼が、教祖トッド(フィリップ・シーモア・ホフマン)のもとに転がりこんだのも酒がトラブルのせいだった。
フレディは酒をチャンポンして独自の強いカクテル(?)を作る。これがフレディの人生の元凶なんだけど、トッドは彼と彼の酒を気に入り、彼を教団に迎え入れる。

トッドの教団は家族経営。妻とトッドの関係、夫トッドは対外的には「教祖様」だが家庭では完全に妻が実権を握っている。トッド妻(エイミー・アダムス)は教団の辣腕マネージャーの風情。彼女はフレディという存在が教団にとって災いをもたらすと直感している(オンナの勘!)。

実際、トッドのこととなると見境がなくなるフレディは教団にとって疫病神。それでもトッドはフレディを側に置きたいと思っている。フレディの処遇をあいまいにするトッド。トッドは、フレディを破門することができない。フレディがトッドを必要とするよりも、トッドがフレディに依存しているのだ。トッドは二の足すら踏んでいない。無意識にフレディにすがっている。

キレ者でカリスマ性もあるトッド。けれど彼は自分のフレディに対する感情についてまるで無自覚だ。自分が見えていない。フレディを追い出せと妻から言われてもトッドは従わず、代わりにフレディに怒りを抑えるための教団仕様の猛特訓をほどこす。
この猛特訓シーンは、娘の披露宴でトッドが夫婦生活のなんたるか語るくだりと呼応する。龍を投げ縄でしばり飼いならすという比喩は、トッドがやったフレディの猛特訓そのものだ。つまりトッドはフレディとある意味「結婚」を望んでいたのだ。

なのに、フレディはトッドのもとを去ってしまう。トッドはたぶん筋の悪くない教祖だ。そんな彼の猛特訓が実を結ばなかった。けどおかげでトッドは、そのときはじめて真にフレディと向き合えたはずだ。そして「教祖」という生き方にギモンを持っただろう。

イギリス支部に訪ねてきたフレディ。厭味を一言二言言い残しトッド妻は部屋を出ていく。夫には兎に角フレディとは手をキレと強く言い含めているはずだ。大きく育った教団の教祖の座にあるか?それとも全てを捨て彼との人生を歩むか?妻はそのくらい強く選択を迫ったかもしれない。けど、トッドは別れを切り出せない。結局フレディにゆだねてしまう。

映画冒頭、兵役で太平洋戦争に駆り出されているフレディ。戦いの休息、浜で砂のオンナをつくり股がる仕草をするフレディ。映画終盤のナンパ女はそのおっぱいから砂オンナを彷彿させる。不細工なセックスで寂しさを埋めようとするフレディ。
「ザ・マスター」、悲恋映画の風情がある。



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