リア充義満は皇位簒奪を野望したか? 小川剛生著「足利義満 公武に君臨した室町将軍」感想。


◇義満には皇位簒奪の嫌疑がある。本書はそれを否定する立場。というか、この本、義満の評伝。で、今日的な史料読み得られた最新の義満像から、皇位簒奪容疑は濡れ衣、断然シロと結論するもの。

そもそも何故義満は公家社会まで君臨したのか?
むろん義満の性格もある。けど、義満が宮中に幅を利かせるキッカケは、公家側にあった。連中は貧乏に喘いでいたのだ。

つまり、要は公家連中の金欠が、義満の君臨を招いたというコト。南北朝。宮中が二派にわかれ跡目を争った。後醍醐は一旦は権力を掌におさめながらも高すぎる理想がアダとなり政権は呆気なく崩壊、足利氏が勝ち名乗りをあげた。
血で血をあらう抗争は公家社会の富を分散させ、武家の焼太りさせたワケだ。

結局この抗争は手打ちになる。が、その後見人が義満だった。つまり義満の面子が、南北朝のイザコザより上にあったとみるべきだろう。
南北に尊い血筋もこの後見人のご機嫌を損ねることが許させれなかった、と。そういうふうに当時の義満の権力を考えると、彼が公家社会での肩書きに執着するのは説得力がない。

ドラえもん。腕力だけでなく、金持ち、かつしずかちゃんと両想い。で、歌が上手い。そんなジャイアンを想像してみよう。

彼はもはや空き地リサイタルの動員にゲンコツをちらつかせることはしない。なぜなら、腕っ節、オンナ、金と歌ウマと全部を掌握してるから。
「剛田くんさぁ、サントリーホールでリサイタルやってみない?」って出来杉くんあたりが勝手に段取ってくれそうな勢い。往時の義満はそんな存在だった。困窮のなかにいた公家たちは、大パトロンを必要とした。

なるほど、たしかに義満は太上天皇の位を望んだ。皇位簒奪説派もコレが野心の証だと囃すようだ。
太上天皇の尊号ほしがったの事実。交易上の肩書きとして、義満は「日本国王」を名乗っていた。
さすがに日本国王は尻むずむずしたかもしれん。太上天皇の尊号は、これに代わるに相応しいものとして目を付けたのだ。

そもそも「日本国王」と呼びかけたのは先方の明。義満は、相手の意向優先したまで。これって別に室町時代の特別なことじゃない。
室町期、内紛で困憊しオーラにカゲリもみえはじめた朝廷。かたや、権勢の絶頂にあった義満。簒奪せずとも義満のキングっぷりは歴然だった。なんせ、公家が彼の参内を望んだのだから。

日本国王」。義満に詐称の後ろめたさが微塵みかったとは思わない。が、「そのウチ、肩書きが追いつくサ」なんてぐあいで、尊号をめぐる公家連中との綱引きをゲーム感覚で楽しんでいたと思う。



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