樋口毅宏「さらば雑司ヶ谷」読了


◇「さらば雑司ヶ谷」は、漱石の「坊ちゃん」がタランティーノ北野武の映画世界に紛れ込んだようなノワール小説。
雑司ヶ谷。地下鉄副都心線が開通し、一躍メジャーな東京散策スポットに躍り出た街。街で代名詞である鬼子母神界隈、古本屋連中と組んでの町おこしイベントは盛況。地井武男ら散歩系タレントの発見率も高そう。
だが、地井さん風情はこの街の上っ面で、政界にパイプをもつ新興宗教の教祖が君臨する「見えない城下町」というのが、本作の舞台、雑司ヶ谷。言ってみれば、お散歩コースな鬼子母神でなく、霊園方向にキャラ寄せしたというか感じ。冥府の入り口、地獄の釜のふた的雑司ヶ谷。そんでもって、死に方を忘れたババァ教祖の本丸という体裁。
「坊ちゃん」の「おれ」が女中キヨの過保護っぷりをうるさがっているように、本作の「俺」は、ババァの権威に反抗的で、疎ましく思っている。つまり「俺」にとって、雑司ヶ谷とは帰る場所であると同時に、逃れたいババアの掌でもあるわけだ。
因果というか業というか。疫病神的黒い雑司ヶ谷、それは全然散歩コースな街なんかでない。野望がうごめき、暴力が吠え、人やカネが愛欲がドロドロに交錯する。そして、「俺」もまた闇を抱えている。否闇に惹かれているというべきか。カエルの子はカエル。ババァの血がそうさせるのか。つまり、兎に角「さらば雑司ヶ谷」は、ノワール版「坊ちゃん」なのだ。


さらば雑司ヶ谷
さらば雑司ヶ谷樋口 毅宏

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