○行間から訳者の声を汲む ー 鴻巣友季子「明治大正翻訳ワンダーランド」感想
(新潮社 ISBN:9784106101380)


鴻巣友季子は翻訳家。最近は朝日新聞日曜版の書評欄で毎週面白そうな本を紹介してくれる目利きの評子として有名かもしれない。
「明治大正翻訳ワンダーランド」は、翻訳小説革命期たる明治中頃、使命感あふれる訳者たちによって世に送り出された翻訳小説を著者の鴻巣が同業者視点で語った「翻訳温故知新」コラム。
維新後、政府は西欧を模範に近代日本をこしらえた。選挙、学校、軍隊、憲法、新聞、鉄道、服装等などニッポン全国津々浦々欧化旋風が駆け巡った。
西欧の書物もドシドシ翻訳された。初っぱなは啓蒙書の類が出たが、明治も二十年経つと、西欧戯作たる「小説」の翻訳が人気を博した。ちょっと前まで皆が夢中だった戯作なんか見向きもされなくなった。時代は翻訳小説だった。そして翻訳小説のような文体でやがて和製小説がなされることが熱烈に望まれていた。
往時、レンガ造りのビルヂングも洋服もそれなりに生活に浸透していただろう。だからなおさら文学の一刻も早く世界の文学レベル到達が強く望まれたかもしれない。
本書は雑誌「翻訳の世界」連載されたものをまとめたものらしいが、一回毎に一作品を俎上にのせ、「台詞」、「楽曲や映画の邦題」、「芝居台本」「超訳」などの翻訳プロ目線キーワードで鋭く切り込むという体裁。個人的にはバアネット「小公子」の回、若松賤子の三人称小説を訳す神業に舌を巻いた。
作品にとってあくまで黒子であるはずの翻訳家たちの息づかい、それに耳を傾け翻訳に向き合う著者のプロ意識が兎に角すばらしい。よい本!


明治大正 翻訳ワンダーランド (新潮新書)
明治大正 翻訳ワンダーランド (新潮新書)鴻巣 友季子

新潮社 2005-10
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