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○今野敏「琉球空手、ばか一代」、感想
(集英社文庫 ISBN:ISBN:9784087462975)

今野敏は今大層引っ張りダコの娯楽小説の書き手。本名は「サトシ」だが、ペンネームの敏は「ビン」と読ませるようだ。
文庫本のカバーの折り返しにある近影では、スポーツ刈りの人の良さそうなオッサンである。写真はVネックのセーターらしきモノを着てるがホントは和服が似合いそうだ。作務衣ならもっと似合う。そんな感じ。
今野作品、「安積班」、 「ST 警視庁科学特捜班」、「隠蔽捜査」等などのシリーズ物が人気で、今それなりの本屋に行けば、今野文庫の既刊が棚前ずらっと平積みという景色を拝むことができる。結構多作だと思うが、マンネリに陥らず良い感じに突き抜けた感がある。ま、それが作家・今野敏の現在的な勢いと言ってイイだろう。
有り体にいえば今野敏、彼こそ引く手アマタで今飛ぶトリ落とす作家センセーなんだが、そんな彼にもうひとつの顔がある。
空手道今野塾のヌシ！
左様、今野敏は流派を構える空手道場主宰なのだ。
「琉球空手、ばか一代」は、空手家・今野の人生を振り返りつつ語り、空手にまつわる世間の色眼鏡を払拭していこうという試みのエッセーだ。これを読めば今野の子供時代から独立道場を構えるるまでの空手人生が分かる。そしてそれは空手道今野塾のアラマシというか、空手に対する姿勢をアナウスする形になっている。
空手道今野塾の特徴は、おそらく空手の型への強烈なコダワリだろう。否、コダワリという言葉では捉えきれない型へ飽くなき探究心こそ今野塾の神髄といえるかもしれない。本書タイトルの「琉球空手、ばか一代」とは、梶原一騎原作のマンガにひっかけた題だが、同時に「沖縄空手原理主義者」としての自己の表明でもありそうだ。
今野塾の型とは、沖縄の空手家の型を吟味し、そのなかでも最も古いと判断されるものを塾の型に取り入れたものだと言う。
何故、今野は琉球空手の型にコダワルのか？
それはハッキリと書かれているわけじゃないので行間から読み取るほかない。今野には少年時代から一貫した空手観があるのだと思う。おそらく彼にとって、空手はスポーツでもなければ、所謂武道でもないのだ。空手はある種の秘術で、どきどきワクワクのファンタジーの根源なのではないか。本書６３ページ〜６４ページ引用。

　　高校一年の少年今野は、武道や格闘技オタクとなる環境にいなかった。たぶん、一生のうちで一番武道や格闘技に縁遠い時期だったろう。
　　寮では仲間といっしょにレコード室に籠り、ジョン・コルトレーンだの、ハービー・ハンコックだの、オスカー・ピーターソンだの、ウィルトン・ケリーだの、ビル・エヴァンスだの、南沙織だのを聴きまくっていた。

５５年生まれの今野が１６歳なので、１９７１年のことだ。というか、ジョン・コルトレーンってのがミソで、菊地成孔・大谷能生「東京大学のアルバート・アイラー―東大ジャズ講義録・歴史編」を読んだかんじでは、コルトレーンやマイルス・デイビスの音楽的試みっていうのは、アプローチの違いこそあれ西洋的（白人的）音楽作法からの逸脱だったはずだ。
楽理的な蓄積によって世界全体におおい被さった西洋式を突き破り、黒人カルチャーのリズムや俗謡のひずみなどを武器に、外を基点を設け、新しい音楽を目指したのだ。そしてそれらの試みが「モーダル」だったり、「フリージャズ」だった。
けれど、無論そうした見方は歴史家視点の見解で、当時ジャズを聴いてた連中にはそれとは別のリアルな文脈があっただろう。高一の今野にしても同様で、コルトレーンとかに親しむうちに、禅とか東洋思想みたいな西洋的価値否定のカウンターカルチャーを知らず知らずに吸い込んだかもしれない。
もはやココからはおれ流の妄想でしかないが、結局吸い込んだ時代の空気が後の今野に空手ファンタジーを育む苗代になったのではないかと思う。コルトレーン的種子は、やがて競技化、スポーツ化をする空手に対するギモンとなり、今野を古式琉球空手の求道者へと駆り立てた。しっちゃかめっちゃかだが、それがしっくりくる。いや俺が単に「東京大学のアルバート・アイラー」史観カブレなだけかもしれないが。。。

琉球空手、ばか一代 (集英社文庫)
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