ポール・トーマス・アンダーソン監督「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」感想
*注意:映画の内容、結末について触れているので、映画を未見の方は、ご覧になってからお読み頂くことをおすすめします。


5月1日の映画の日ワーナーマイカル板橋で「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」を観てきた。
20世紀初頭の米オイルラッシュの時代、みごと石油を掘り当て一攫千金を成し遂げた男の半生記。ダニエル・プレインヴュー(ダニエル・デイ=ルイス)は、元は金鉱掘りだった。ところが目先を変え油井掘り転身、いくつかの油井を掘り当て前途が開けだす。
極度な人間嫌い。
ダニエル・プレインヴューがどんなヤツかといえば、そう言える。ロックフェラーのスタンダードオイルへ事業を売るかどうかの交渉のテーブルで、持ち前の猜疑心が爆発、交渉決裂!取引の目を台無しにしてしまう。
他人の土地を安く買いたたき、己の利益を最大に引き出す商売のやり口、たぶんそれが人間嫌いの元凶だ。彼は自分の強欲さを十分に受け止めつつ、その強欲さを人間の普遍的姿ととらえている。
すべての人間は強欲である!
それがダニエル・プレインヴュー流の人生哲学だ。彼の目に映る世の中は、食うか食われるかの仁義なき弱肉強食の世界だということだ。なんだか切ない。が、仕方ない。そうやって這い上がってきた男なんだから!
自分有利な条件を言葉巧みに弄し、土地を巻き上げるダニエル・プレインヴュー。そんな悪徳ボッタクリな男に無謀にも交渉を挑むのが牧師のイーサン(ポール・ダノ)だ。イーサンは宗教的な使命感に燃える男だ。彼の目に映る世界は神の慈悲に満ちたものだが、この世界認識はダニエルの弱肉強食の世界観と真っ向対立している。
ことあるごとに約束の寄付金を払えと言ってくるイーサンの神の使い気取りが、ダニエルのむかっ腹を刺激してやまない。
小僧、いつか血みるぜ!口には出さないがそれが、ダニエルのイーサンに対する本心だ。
おそらくダニエルはアメリカという国の隠喩であるだろう。ダニエルの子どもH.Wのように彼の庇護にあまんじる者は生かすが、ダニエルに交渉を挑み、彼の財産を、彼の将来の財産をかすめ盗ろうと画策する輩を、彼は断じて許さない。ついこの間のイラクフセインがそうであったし、かつての大日本帝国もそうだったように。
映画予告編、例の「 I Drink Your Milkshake!」というダニエルの台詞は、アメリカと対等な立場で交渉にのぞもうとする国へ対するアメリカの恫喝のメタファーに他ならない。ゆえにダニエルに兄弟!と呼びかけるイーサンとは、アメリカの盟友気取りの我々の姿なのだ。俺の物は俺の物、お前の物も俺の物!俺と差しで取引だ?百年早いわ。つーか、お前のミルクシェイクは俺が飲みほしちまったぜ!
映画「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」は叩き上げ男、ダニエル・プレインヴューの成功譚であるが、同時にこの世の秩序の成り立ちに疎く、ダニエルの怒りに油をそそぎ続けたイーサンの哀れな顛末記でもある。傑作!



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米プロレタリア作家、アプトン・シンクレアの小説「Oil!」(1927)が原作。主演をつとめたダニエル・デイ=ルイスのアカデミー主演男優賞の獲得など映画評判の高さのせいか、平凡社的にはカミカゼが吹いた的な売れ行きだとか。