万世一系、あるいは鏡像としての粘菌、クラゲ。


北一輝は、昭和天皇を「クラゲの研究者」と呼んだという。けれど研究対象はクラゲだけじゃない。天皇は粘菌の研究者でもあった。エピソードでいえば、南方熊楠が粘菌をキャラメルの箱に入れて献上したってハナシが好きだ。
高貴なる粘菌研究者といえば、風の谷のナウシカを想起させる。むろん性別の違いはあるけれど。ナウシカ、彼女は粘菌研究のすえ、彼らが住まう世界の秘密にたどり着いた。
岩波新書、久々のヒットになりそうな「昭和天皇」。著者・原武史は、近代天皇の行為、パフォーマンスを掘の内と外に分けて眺めた。地方視察や植樹祭への出席など国民に向けての「外」のパフォーマンスと宮中祭祀という「内」側の行事。宮中祭祀とは天皇が歴代天皇および皇祖神を祭る祭祀を指す。むろん「内」側の行事であるから、「外」の国民からは見えない。
ところで誰かの信仰心というのは傍目には見えはしない。だから信仰心を推し量ろうとする場合、行事に取組む姿勢に着目する他ない。原は、昭和天皇宮中祭祀は、信仰の内的表現であるというより、天皇としての責務の一環としてこなしていると見ている。つまり、「内」側の誰か向けに信仰心の証として懸命に祭祀に取組んでいたのだ、と。
おそらく天皇の近代的な精神は、万世一系をまま信じることが出来なかった。しかし自身の両肩にかかる重責、使命を思うとき、彼はそのファンタジーをのみ込むより他なかったと思う。だとすれば、粘菌や海洋微生物研究とは趣味というより、「作られた伝統」を丸呑みするためのゼラチンカプセルではなかったか。顕微鏡で粘菌やクラゲを覗く刹那、その原始生物の躍動のなかに天皇は、万世一系を体感しえたと言えば、妄想たくましすぎるだろうか。
神から人間になった天皇。敗戦をきっかけにその立ち位置は大きく変わったと何の気なしに思っていた。けれど宮中祭祀に着目したとき、生物研究者という天皇の「外面」は、シャーマン的要素を帯び、ひどく遠い存在のように思えてくる。
原の「皇居前広場」、「「民都」大阪対「帝都」東京」も俄然読みたくなった。



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