小谷野敦「評論家入門 清貧でもいいから物書きになりたい人へ」
平凡社新書 ISBN:45828524)

たる募金というの広島で始まったようだ。
http://www.chugoku-np.co.jp/Syasetu/Sh04110801.html
広島市民球場が老朽化し貧相なので、新球場建設の機運を盛り上げることが趣旨のようだ。広島カープと市民球場の貧乏ぶりは確かに目に余る。
生え抜きの選手でも年俸が上がれば、あっさりサヨナラだし、コーチ陣の年齢も12球団一低い。若手が台頭しているからではなく、年俸の安い若手中心でしかチーム編成できないためだ。主催試合の観客動員数を水増し発表するのはままあるようだが、カープの観客動員数に嘘はない。なぜなら広島市民球場にその嘘分を払う金がないからだ。
電光掲示板の選手名が欠け続けているぞ、とファンがテレビで見つけ電話をかけてくる。買う予算がないので、得点を表示する部分の電球で転用したという。
ファンでない私ですらそのけなげさに胸がつまるし、なにか間違ってないかという憤りがこみ上げてくる。
というの前振りで、「評論家入門」。
小谷野が言いたいのは、実は評論家、とりわけ文藝評論家は割に合わない商売だということだ。
人のふんどしで相撲をとる輩。いささか俗であるが「○○評論家」という人種のイメージは、そんな額に汗なく果実を得る卑怯者のそれがある。好々爺然とした私にも、「○○評論家」にそういう色めがねでみることを止めてない部分があったが、実情はまるでカープのようだ。
ではなぜ小谷野は評論家として本を売って飯を食っていこうと考えるのか?
正面切って答えているわけではないが、「読むことと書くことが好きだから」ということのようだ。確かに第六章の「論争を読む楽しみと苦しみ」なんて章立ては、好きじゃないと思いつかないだろう。
好きなら他のことも犠牲にできる。その覚悟はあるか?要は根性だと言っているフシもある。
いわゆる小説家、ライターになりたい人向けの本をあまたあるが、本書はその亜流でなく「年収300万時代」の生き方模索の書である。