石井裕也監督「舟を編む」感想。


◇「舟を編む」は、辞書作りの現場を取材し一人の編集者の人間的な成長を描いた作品。伊丹十三監督の「たんぽぽ」、「マルサの女」、「スーパーの女」あたりを彷彿。業界バックヤード的な「あるある」を織り交ぜつつ、手堅くフィクションを紡ぐ感じ。

主人公の馬締光也(松田龍平)は、出版社の社員。所属は書店回りの営業部。人付き合いが大の苦手。案の定、彼にとって営業シゴトは苦行。書店側も迷惑顔という有り様。営業部的に戦力にならない馬締だが、彼の言葉に対する感覚に非凡なものを察知した男がいた。辞書編集部の荒木(小林薫)。定年間近の彼は自分の後釜を探している最中で、馬締に白羽の矢を立てた。

タイトルにある「舟」。それは国語辞書を意味する。馬締を迎える宴の席、辞書監修の松本先生(加藤剛)の言は熱っぽい。膨大な言葉。それは大海原のようなもの。我々の使命はそんな大海で途方にくれることなく、話し、読み、書きするための確固たる指針づくりだ!と酔いつつ語る。

舟は言葉によって編まれる。つまり辞書編集とは、言葉の海に没入し個々を意味付けする気の遠くなる作業なのだ。
辞書編集部スカウトされた馬締、それが彼の幸運だった。辞書編集という作業を通じ、本のなかの言葉(定着した意味)と日常生活のツールとしての言葉(定着未然の揺らぐ意味)を学んでいく。

林香具矢(宮崎あおい)に好意を伝えるくだりや、先輩編集者の西岡(オダギリジョー)とそのカノジョ三好(池脇千鶴)部屋に招き酒盛りするシーンは、人間音痴だった馬締のそれなりの成長を描いている。辞書編集がもたらしら天恵というべきか。

僕が好きなのは、ファッション雑誌編集部から転属されてきた岸辺(黒木華)を、馬締がさりげなく褒めるシーン。「俺がこの舟編み上げる長なのだ」という自負を纏ったかんじ。
タクシー途中下車し、夫婦の目の前広がる海。キラキラ輝くのは言葉のイメージだ。馬締が「これからもヨロシクおねがいします」と、妻をねぎらったラストも申し分ない。



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