○推理と無力感


地下鉄の入り口の階段上りきった地べたに、それはあった。
初見、小人がこっちにケツむけてうつぶせに倒れてるのかと思った。
が、そうではなかった。注意深く凝視すれば、それはやや小振りのまぎれもない一個のジャガイモだった。
なぜ、こんなトコに落ちているのか?
おれは推理した。
まず、ジャガイモはそんじょそこらのジャガではないと仮定した。
それは新宿伊勢丹の地下食料売り場で、グラム200円の高級ジャガとあたりをつけた。品種は「ナスカの恵み」。
購入した女性(31歳。北陸の中流家庭に生まれ。大学は東京の美大を卒業。フードコーディネーター兼カメラマンという肩書き。もっか電通系のWeb広告部隊のアドバイザー的な役割を担っている)だろう。
彼女は、かなりの近眼。この日は偶々コンタクトをせず少々度があわない眼鏡をかけていた。伊勢丹で買い物をすませた彼女は副都心線にゆられ、自宅マンション最寄りの地下鉄成増で降りる。
改札を抜け階段をのぼる道すがら、おそらく彼女は、人気絶頂のアイドルグループの構成員がドラマ版「こち亀」の両津役に抜擢されたというニュースの価値を今一度見当していたのではないか?
そのとき、笑いながら突っ走ってる典型的な男子中学生風情が彼女とドンとぶつかった。
「す、すいません」
「いや、あたしの方がぼんやりしてたから。。。」
そんな彼女の31歳にしては落ち着きある声を聞くや否や、典型的男子中学生風情は何事になかったのごとく早足で、まさに典型的な無作法で階段を走り去った。
ジャガイモは、そのぶつかった拍子に彼女のお気に入りのアナスイのエコバックからコロっとこぼれ落ちた。しかし考えごとに夢中な彼女はジャガイモの落下に気づくこともなく歩き去ったのだ。
そんなわけでジャガは今こうしてココにたたずんでいる。
むろん、これはおれの推測にすぎない。これにCIAが絡んでるとすれば、それは内通者と連絡をとるためのジャガイモ型の音声生成装置(なお、このメッセージは10秒後に消滅する!)かもしれないし、遊星からの物体Xだという可能性も全くゼロではない。
逆にいえば、誰もそのジャガイモの来歴を知らないのだ。
もし俺に第六感的パワーがあるのなら、あのジャガイモの内部に眠る、地下茎としてぐんぐん育ち、収穫され、搬送され、買われ、なんだかんだの挙げ句成増の地べたに転がるという数奇を掌でじっくり感じてみたい。そして奴を生まれ故郷の土に帰してやるのだ。むろんおれに第六感は、ない。



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