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○アンタ、誰?
ウラジーミル・ナボコフ「透明な対象」感想。
(国書刊行会 ISBN:9784336040299)
「透明の対象」は、主人公ヒュー・パースンの恋とその顛末を描いた小説。
だが、それは見かけの体裁にすぎない。
本作は、三人称視点で語られ、語り手「私」は豊かな文才を匂わす饒舌体で、パースンの言動やその周辺の出来事を綴る。「私」とパースンの関係、それはコナン・ドイルの探偵小説のワトソンとホームズの関係を彷彿させる。
パースンはスイス出張の折、一目惚れの恋におちいる。スイス!それは国民皆兵というものすごい男前な国なのだが、シャーロック・ホームズにとってスイスがどんな場所であったかを思い出してみたいがここでは止めておく。
ぼくは、このワトソン的な語り手こそが「透明な対象」の真の主人公だと思う。もはや裏方とは思えない堂々たるオシャベリがその証拠だ(ある意味この小説はヤツのオシャベリで埋め尽くされているともいえる)。その饒舌さはドを越えており、語り手役としてヤツは半ば浮きまくっている。
だから、読者はパースンの恋のゆくえに一喜一憂する必要はまったくない。むしろそれを語る「私」が一体何者であるかに集中すべきだ。
前述したように、この小説はホームズの名探偵振りを報告するワトソン式な体裁で綴られている。つまり作中の語り手「私」はナボコフではない。ナボコフは高次元のドイル気取りで悦にいっているのだ。
じゃあ、「私」とは一体誰なのか?
その謎を解く鍵はすでに読者の手中にある。
つまり、「透明な対象」を語り手の独り言として読むのだ。すると、やっこさんが馬が馬糞を落とし牛がよだれを垂らすがごとく、落としまくっているホッカホッカの痕跡を賢明な読者は拾いまくるはずだ。
透明な対象 (文学の冒険シリーズ) | |
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