原武史「「民都」大阪対「帝都」東京」感想、その1
(講談社 ISBN:9784062581332)


帝都と地方を繋ぐ鉄道網は、日本全国津々浦々まで近代化をひろめるためのインフラだった。けれど、日本近代における鉄道の担った役割は単にそれだけではなかった。それ本書の主題である。
明治以降、天皇は近代ニッポンの象徴だった。帝都たる東京の洋式建築もある意味、天皇の上っ張りのようなものだった。筆者である原の見立てでは、東京から地方に伸びる鉄路もまた天皇の洋装アイテムとしてカウントされるのかも知れない。
つまり、東京に欧米的なハイカラ建築物が立ち並び、ガス灯が導入されたのは、洋装の天皇に相応しい景観が求められたためなのだ。この点において、東京の都市計画は帝都たる威厳こそが主で、市民生活の快適さはこれに従属するものだったと思われる。
小林一三は、慶応義塾を卒業し三井に入行した。彼の東京でビジネスキャリアはそう芳しくなかった。ヘイコラするのが嫌な性分がどうにも東京の商売流儀に馴染めなかったと小林は振り返っているようだ。本書97ページ,「小林一三」全集より引用「事業 東京型と大阪型」部分を再引用。

必ず東京の事業は政治が伴つてゐる。或は近代の政治組織がこれに喰い入てゐる。東京のあらゆる会社がさうであるといつてよいはないかと思ひます。 あらゆる有名な会社事業は大概政治の中毒を受けてゐる。(中略)その点に行くと大阪はまことに遣りよい。何ら政治に関係して居ない。しかも政治に関係して居らないと殆んど政治というものと実業といふものが分れて居るためさういふ心配は少しもない。(中略)要するにこの政治中心の東京を真似ずして、政治以外に一本調子でやつて行く西の方の財界の精神を尊重していきたいと思ふのであります。

東武鉄道根津嘉一郎東京地下鉄道(現 東京メトロ)の早川徳次などは、いわゆる政商のたぐいだった。彼らは、アノ手コノ手で官や藩閥と結託し己の事業拡大をはかった。
小林自身の言うヘイコラするのが嫌な性分というのは、こうした政商がのさばり官が威張りちらす東京の現状へ猛烈な嫌悪感を根底にしている。慶応義塾に学んだ小林にとって、個個人こそが新時代の主役であり、役所はこれを助ける最低限機関と考えたふしがある。それが、アベコベに役所が民間にウルサく指図し、利権談合が幅をきかせたりしてるのだから、小林にしてみれば、東京を仕切る政商や役人連中は、近代日本の根本をまったく不理解のとんだ大バカ野郎に映ったのかもしれない。


「民都」大阪対「帝都」東京―思想としての関西私鉄 (講談社選書メチエ)
「民都」大阪対「帝都」東京―思想としての関西私鉄 (講談社選書メチエ)原 武史

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