○視覚的な散文家、堀江敏幸


学生時分にたまたま見た新聞のチラシで「安い!」と思い、和光市の飯田百貨店で買いもとめた、わが家のテレビ台兼サイドボード。その左の上段の引き出しは靴下の国だ。その下、真ん中の段はタオルが入っている。ハンカチは引き出しを割り当てるほどかさばるでもないのでタオルとゴッチャにいれてあり、一番下はバスタオルだ。かさばるバスタオルはタオルから独立を果たした。テレビ下の右側の引き出しは工具と家電の取り扱い説明書の引き出し。ガムテもこのへんにある。真ん中引き出したちは言わずと知れたカオスの宇宙で、このカオス状態に至る経緯を話せば長くなるから、それは別の機会にゆずる。
堀江敏幸「いつか王子駅で」を買った。
「いつか王子駅で」に限らず、堀江さんの書くものが小説の範疇なのかどうか、ぼくはちょっと分からない。一応、文庫裏面の作品解説には「路面電車の走る下町の生活を情感をこめて描く長編小説」とある。版元がそう言うのなら長編小説なんだろうけど、身の回り出来事を綴ったエッセイ風でもある。
散文
といった方がすわりがいい。ただ、文中の「私」は、堀江さん自身にちがいない。
時間講師の「私」が背中に昇り竜のある正吉さんという印章彫りの男と知り合ったのは、「かおり」という居酒屋だった。
ウマが合ったのか、二人は酒を酌み交わすようになる。昔読んだ本のハナシをきかせたり、往年の競馬馬のはなしに花がさいたりした。
ある日、いつものように酒を酌み交わすふたり。けど、ほろ酔い気分の「私」はいつの間にかテーブルに突っ伏して寝てしまう。はっと起きたときには、昇り竜の正吉さんの姿がない。蕨に住む大事な人のところへ届け物に行くと出ていったと女将が告げる。「私」は、正吉の忘れ物を発見。それを手渡してやろうと急いで正吉を追いかける。蕨にいくならきっと王子経由のはずだ推理し、都電の駅を目指すが、いま一歩の及ばず都電はホームを出てしまう。「私」は仕方なしに居酒屋に引き返す。
以下20ページより引用。

それにしても、さっきどれぐらい寝ていたのだろう?そうねえ、五分くらいかしら、昭和四十九年だとかなんとか呟いたあとそのままになって、と彼女は微笑を浮かべる。するとその言葉を聞きつけて、私と入れちがいにやってきたらしい年輩の客が口をはさんだ。娘が昭和四十九年に生まれた時にこちらへ引っ越してきたのでよく覚えてますが、あの年にたしか都電の系統番号が廃止されたんでしたな。

谷口ジローの雰囲気も濃厚だけど、この堀江散文世界はアニメーションが適していると、ぼくは思う。つーか、押井守版「いつか王子駅で」を是非観てみたい。



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