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○コーエン兄弟監督「ノーカントリー」感想。
＊注意：以下の文章は内容や結末に踏み込みつつ妄想的に語っているため、「ノーカントリー」未見の方は観賞後にお目通しをオススメします。
コーエン兄弟監督「ノーカントリー」を観た。ベトナム帰還兵で今はサエない暮らしのモスは、ある日偶然草原で死体の山に出くわす。死体の山はギャング同士がもめた末のなれの果てのようだ。モスはそこで大金を拾う。この金がもとでモスはアメリカとメキシコのギャング双方から追われるハメになる。しかしモスは金を手放す気はない。大金に嫁と自分のこれからの人生を夢想し、逃走する。アメリカ側のギャングは金回収のために殺し屋を雇った。それが七三分けおかっぱ頭のシガーだ。
死体の山現場は、「ノーカントリー」で４回スクリーン映し出される。一度は上でも述べた、モスが金を発見した場面。二度目はモスが現場に舞い戻ってきた夜の場面。三度目はアメリカ側のギャングがシガーを現場に案内する場面。四度目はベル保安官の現場検証の場面。
一度目と二度目は対の関係で、三度目のシガーの場面と四度目もまた対だ。前者はモスの幸運と不運を描いている。後者は三度目はシガーの場面は夜で、四度目は昼間。これはシガーと保安官が裏表の関係であることを意味している。後半、軽トラックを止める２シーンがある。一つはベル保安官が止め、もう一台はシガーが止める。彼らは光と影、暑いと寒い、デブとノッポの関係にある。
シガーは北野武「座頭市」の殺人マシーン的な座頭市を彷彿させる。私は、あの座頭市は人の形をした台風のようなもんだと思っているが、シガーも服を着た災みたいなものだ。悪人、金持ち、ヤクザ、女、保安官補等など誰にも平等に降り掛かってくると言う意味でシガーは歩き回る災難なのだ。
ベル保安官はシガーを差して「あいつは幽霊じゃないか」という。ベルは、のどかな町の人のいい保安官然としながら、どんどん核心をついていく。彼が直感的にシガーを把握できるのは保安官自身が法の番人だからだ。シガーもまた法の番人だ。シガーとベル保安官、ふたりは「法」をめぐって向き合っている。ただ、シガーの法は独特な彼流の掟なのが厄介だ。シガーの俺流遵法行為はベルが守っている法からすれば純然たる違法者となる。ならばベルはシガーを逮捕するか、場合によっちゃ撃ち殺す他ないだろう。けれどベルはそれをずっとためらっているように見える。ベル保安官はモスを追う。相当ヤバいことになっているモスを保護しなければと口では言うが、それは名目でしかない。ベルは本当になすべきことから逃れるためにモスの保護をヨロヨロと開始するだけなのだ。
モス捜索に乗り出す自分の姿に、ベルは自分の父親をだぶらせる。今自分の手下の若い保安官補と同様、事件解決に燃えていた頃を思い出す。当時の彼は父親のやり方に不満だったかもしれない。オヤジの推理やら仲裁にいちいちムカついていたかもしれない。それを口にすると、ベルの父親はまだ青いなという顔をしたかもしれない。けど、それがどうだ。今俺がそのムカついた親父と同じようなことをしている。ヤキが回ったということか。いや、ヤキなんか回ってない。年齢を重ねうまく立ち回る術を獲得したのだ。
原題は「No Country for Old Men」。直訳すれば「年寄りには住めない国」か。なんて酷い世の中になっちまったんだ！そんなふうに様変わりを嘆くことは、新聞やテレビが伝える悲惨なニュースの被害者が自分でなかった世の中への感謝でもある。まったく世も末だね。そんな台詞をつぶやきつつ、人はまた一つ歳をとる。皮肉な味の映画。よい。
なお、「血と暴力の国」訳者あとがきによれば、コーマック・マッカーシーの「Blood Meridian」がリドリー・スコット監督で映画化の予定とか。これも期待大。
座頭市 ＜北野武監督作品＞ | |
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