○出張、旅情、諜報。


先日、社長シリーズの一本「社長忍法帖」を観た。小林桂樹が北海道に長期出張するやつ。それがきっかけで、出張に憧れていた少年の自分を思い出した。子どもころの私は、父親の出張がうらやましくて仕方なかった。
父は年に一、二度、宮古島や九州、東京などに出張した。頻繁でないとこがまたスペシャルな感じがした。
出張はある意味根源的な旅情を宿している。出張にまつわる旅情、私はそれを出張ロマンとよびたい。
TVドラマでリメイクされ、清張再評価の機運の高まる昨今だが、「砂の器」、「点と線」、「張込み」などの清張作品は、優れてミステリーである同時に最良の出張ロマン小説でもある。
私の少年時代は清張の全盛期にあたる。もしかすると私が父の出張を羨望したのも、清張が醸造した時代の空気と無縁ではなかったかもしれない。
そういえば、押井守監督「イノセンス」も出張ロマンあふれる映画だ。事件の手がかりを追って択捉経済特区渡航するバトーとトグサ、彼らは映画「砂の器」の丹波哲郎森田健作の分身と言えなくもない。丹波らが夏の東北地方の片田舎を聞き込みで歩きまわるように、パトーたちはアジア的な無国籍都市・択捉をさまようのだ。  
出張は、物見遊山の旅とは微妙に異なる。通常の旅行者にとって旅先の風景は、それ自体が醍醐味であり目的だが、出張者の目にうつる現地の景色は、彼の任務遂行を遮る難航不落の要塞と化す。つまり、ご当地を象徴する名所旧跡やランドマークは、出張者にとって任務遂行のために突破せねばならい関門として意識される。
見慣れない景色に目を奪われず、冷静沈着に問題を解決していく平常心。それが出張のエキスパートの心構えだと思う。世界に目を向ければ、国際的に出張する男として英国諜報部の敏腕エージェント007、ジェームス・ボンドが想起される。
野田敬生「心理諜報戦」を読んでいる。
野田敬生は元公安調査官で、国益の名の下に政治と諜報機関が結託することの危険性を指摘した「諜報機関に騙されるな!」がとても刺激的だったので、彼の最新刊「心理諜報戦」も手にとった次第だ。
心理諜報とは、スパイ的な工作のひとつ。他国に対して虚偽ないし事実誤認を誘発する情報を宣伝し、他国の世論や政策を自国の有利に導く目的の戦略的戦術をさすようだ。
野田は、ベトナム戦争当時、CIAが展開したベトナムに古くから伝わる「聖剣伝説」を利用した心理諜報を例にひき、映画顔負けの手の込んだ作戦を紹介、心理諜報のアウトラインを提示する。
心理諜報はなにもCIAばかりの十八番ではない。第四章で言及されるKGBのそれは圧巻で、冷戦下、ソ連側は朝日、読売、サンケイなどの新聞社内部に協力者をつくり、彼らの書く記事を通じてソ連有利な日本の世論形成を画策していたと野田は報告する。
ところで、この第四章タイトルは「ロシア」とされている。旧ソ連時代のハナシなのに、なぜ「ロシア」なのか。
たぶんそれは、ロシアが今もっとも大量の出張ロマンを噴射する国ひとつだからだと思う。おそらく野田は、かの地が抱える途方もないてんこ盛りのロマンにそそのかされて、無意識に「ロシア」と綴ってしまったのだ。
嗚呼露西亜、恐るべし!!



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