野田敬生諜報機関に騙されるな!」読了
(ちくま新書 ASIN:4480063439)


野田敬生諜報機関に騙されるな!」は五つの章立てで構成されている。第五章は、諜報機関の暴走に対する危惧とチェック体制確立の啓発に充てられており、野田は、にわかに創設の機運が高まっている内閣調査室主導の日本版MI6、対外国諜報機関に対して相当な懸念を抱いているようだ。
第一章から第四章までは、「イラク」、「アルカイダ」、「中国・ロシア」、「朝鮮半島」と付され、各章は、当該地域・組織を舞台とした、諜報活動合戦を事例にひき、諜報機関の性質とその限界を検証したもの。
とりわけ第一章「イラク」と第四章「朝鮮半島」の関係が興味深い。
第一章「イラク」は、米国政府がありもしない大量破壊兵器をあると断定した根拠となった情報、その収集と分析に焦点をあてたもの。野田は、イラク開戦にふみっきった「情報の失敗」を調査する米独立委員会の調査レポートに照らしながら、CIAなどの米諜報機関の動きを検証する。
「情報の失敗」とは、諜報機関が収集・分析し、まとめた情報(インテリジェンス)が、蓋をあけたら、実際とは違っていたという状況を指す。また情報の失敗は、大別して収集過程と決断時の二種類あるようだ。実際問題、CIAの対イラク諜報活動はグズグズの屁タレという他ない。
具体的にいうと、フセイン政権中枢への協力者を確保しえなかったことやテクノロジーへの過度な依存など、どうも映画のイメージとは違う、現実のCIAの屁タレっぷりは弁解しようがないようにみえる。
ただ、それよりも重大なミスは、ブッシュやその側近たちのフセイン=悪者という天真爛漫な先入観が「情報の政治化」を誘発し、これが今日ベトナムの二の舞と懸念されるイラク開戦の引き金を引いたという事実に尽きるだろう。
「情報の政治化」とは、諜報機関が政府の政策オプションに介入ないし迎合する状態を指し、イラク開戦に関するそれは、CIAとは別に、ネオコン閥のウォルフィッツ国防副長官肝入ペンタゴン内の諜報機関設置とかかる特別機関の、悪者フセインをやっつけるために必要な「情報」の収集まい進を意味する。
野田は、この政府中枢部内のネオコンの先入観とその暴走というシナリオとは別に、別の見立ても用意しているが、私の当面興味は米国政府のイラク開戦時における「情報の失敗」の原因追求ではないため、ここでは言及しない(なかなか意表をついたシナリオなので、興味ある方は本書ご購読を!)。
第四章「朝鮮半島」は、北朝鮮の核疑惑に焦点をあて、当該地域における日本、北朝鮮、米国の諜報活動を分析するもの。
ここで野田が暗に指摘するのは、米国の対イラクでの核兵器ないし大量破壊兵器保有有無についての情報判断の失敗が、北朝鮮の核保有無の情報判断に、奇妙な影を落としてしまっているということ。要するに、イラクでは、ないのにあると言ってしまったことの後遺症から、北朝鮮保有している断言することに、米政府ならび日本政府がおよび腰になってしまったということ。換言するなら、米国のイラクにおける「情報の失敗」がわが国の安全保障に重大な支障をきたしたと言えるだろう。
というものの、野田はここで対外諜報機関の創設や既存機関の強化といった論理展開をしない。なぜなら、彼は基本的に諜報機関とは、対イラク諜報活動のCIAの例にみるように、相当な予算をかけても屁タレな性質は払拭されないとする。
要するに、諜報機関にいくら予算をつけるよりも、機関の収集分析したインテリジェンスを活かすも殺すも政府内中枢の情報(インテリジェンス)リタラシー次第であるというのが、野田の見解のようだ。
イラク開戦時の米政府中枢動向をおさらいするなら、ネオコンフセイン=悪者の先入観から、政策にそぐわない情報をあげてくるCIAを屁タレとし、代替諜報機関を設立し、これが政策にかなった情報をバンバンあげてきた。
佐藤優は、手嶋龍一との対談本「インテリジェンス 武器なき戦争」で、外務省とは独立の対外諜報機関を構想すべかもしれないなどと喋っていたが、外務や公安調査庁を屁タレと言い募ることで誰が得をするかを、我々は冷静に考えなくてはならないかもしれない。



諜報機関に騙されるな!
諜報機関に騙されるな!野田 敬生

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