◇武内孝夫「こんにゃくの中の日本史」読了
(講談社現代新書 ISBN:4061498339)


こんにゃくが庶民のものとなる発端は、江戸末期水戸藩の財政逼迫を救う換金作物として生産奨励にあるようだ。粉末にする技術もこの時期発明された。粉末化は運搬・保存の両面でこんにゃくの商品価値に貢献した。
ただ、水戸藩内でのこんにゃく栽培は豪農によるプランテーション式の搾取的な側面があり、藩財政には貢献したが、小作の家計の手助けにはならなかったらしい。このため、明治期茨城(旧水戸藩)のこんにゃく栽培は急速に廃れたようだ。
粉末化による保存性の高さが相場と結びついたのは今日的にもこんにゃく生産の最右翼である群馬においてらしい。これは、かの地が豪農によるこんにゃくプランテーションは発展せず、山の奥地の寒村のこんにゃく作が主導権を握ったことが大きいようだ。
元来こんにゃくは出来不出来の激しい作物であるため、農民、仲買人、商人はそれぞれが手持ちの粉を全部売らず、値が張るときさっと売り抜けるという具合に儲けたようだ。山間の寒村ながら元々硯石の産地であることがこうした才覚をはぐくんだ模様。また、仲買人という流通制度も硯石商売の応用発展らしい。
こんにゃくのこうした金融商品的な側面は、こんにゃく大尽を大いに産んだ。これはこんにゃく大尽が生まれる相場の仕組みがこんにゃくの総生産を調整する働きでもあった、と筆者は指摘する。

ところで、以前にも述べたが私は投機的な商品としてのこんにゃくに興味があった。ゆえに本書を手にとったのもその究明が目的。
なるほど、相場の成立に関して供給サイドのあらましは分かったが、需要側の動向がイマヒトツ見えてこない。そもそも相場が立ち、大儲け出来るためには、買い手、末端のこんにゃく消費者の存在が不可欠だ。筆者はそのアタリあまり気にしていないようで、芭蕉がこんにゃく好きだったとか「こんにゃく百珍」なるレシピ本があったというエピソードの紹介程度で終わっている。その点少々残念だ。
はたして、こんにゃくはどのように消費されたのか?その辺を職場の賢人的先輩や市井の創作料理研究家的友人の意見を拝聴してみたが、末端の消費者が積極的にこんにゃくを欲しがるようになった理由はよく分かなかった。
ま、江戸時代以前は希少価値ゆえ上流階級の珍味として重宝されたらしいから、こんにゃくは庶民にとって高嶺の花というブランドイメージあり、粉末化による生産の拡大の際、庶民は喝采し、汁物の具にとにかくこんにゃくを入れたがったのかもしれない。相場が高騰しても、元々高嶺の花。今じゃ考えられないが、こんにゃくは庶民にはすこぶる的な御馳走だったかもしれない。
昭和30年代くらいまでこんにゃく相場は乱高下し、タイマイを生み出したようだ。しかし大幅な機械化の波がこんにゃく農家から粉つくりの一過程を奪ってしまい、三つ巴の心理戦的相場の形成の一端が崩壊した。これがこんにゃく相場の安値安定の契機となった。
機械化が投機的金融商品としてのこんにゃくの歴史に終止符を打ったわけだが、健康・美容ブームの今日、こんにゃくは新たな市場をまい進中である。なかなかしぶといのがこんにゃくであるようだ。
一読すれば、貴方もこんにゃく博士になれる!(えっ、なりたくない?)表紙カバー、中央の正方形がこんにゃく色なのも心ニクイ。



こんにゃくの中の日本史
こんにゃくの中の日本史武内 孝夫

講談社 2006-03
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参照
中川食品株式会社hp,「こんにゃくの郷土料理」
http://www.konnyakuya.com/info/kyodo.htm

こんにゃくドットコム
http://www.konnyaku.com/