桐野夏生「柔らかな頬」上・下、読了
(文春文庫 ISBN:4167602067・4167602075)


松本清張の開発した社会派ミステリーは現在二股にわかれその命脈をつないでいる。
ひとつは吉田戦車であり、もうひとつは桐野夏生だと思う。
吉田戦車のどこが社会派ミステリーなのかとツッコまれそうだが、清張のこしらえる作中人物は基本的に「ON=仕事」と「OFF=生活・趣味」から成り立っており、吉田の描く刑事は清張作品の刑事の「OFF=生活・趣味」の部分をより一層拡張したもので、「ON=仕事」な服装とのギャップによってそれはより効果的な漫画キャラとなる。別の言い方をすれば、先行する清張テクストの刑事像は吉田の霊感の源泉のひとつであると考える。
吉田が清張流のキャラ造詣の継承者であるのに対し、桐野は、清張の庶民の内面がどのように変容を来たすかといった、事件中心主義的なテーマの継承が見受けられる。
事件中心主義とは、換言すれば運命主義で、人は運命的な事件に遭遇し、それをきっかけとして当人も知りえぬ「自分」に辿り着くという按配の物語プロットを指す。

直木賞受賞作品「柔らかな頬」はその典型で、取引先の夫婦の北海道の別荘で、五歳の娘が行方知れずになった母親(カスミ)の娘捜索の話。
カスミのやや常軌逸した捜索っぷりは、娘をおもう母としての当然的行動ではなく、母であることを捨てようと考えた自分へ対する痛恨がその推進力となっているようだ。ゆえに、彼女のそうした言動は周囲の者や事件に関係した者を居心地悪い物にするマイナスパワーを噴射する。
捨てる神あれば、拾う神があるように、カスミの娘捜索を手伝いたいと申し出る元刑事、内海が現れる。内海は癌を病み余命いくばくもない。そういう彼だったから、カスミのマイナスパワーと共鳴したのかもしれない。
死にそうな男ともうとっくに死んでいるはずの娘を「捜す」ことが贖罪であると思い込でいる女。彼らはお互いがお互いのホームズであり、ワトソンである。
人生のどん底で出合った二人の北の大地を巡る旅。娘の死と己の死。二人が背負った重たい荷物はお互いにとってまったく無縁であるということで清算されたようだ。



桐野夏生公式サイト,「作者のコメント」
http://www.kirino-natsuo.com/works/yaw_exp.html



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