松本清張砂の器」上・下読了。
新潮文庫 ISBN:4101109257

刑事、今西栄太郎の推理の特徴は徹底した「しらみつぶし」と言える。
今西は、ある種の経験知的カンを働かせ捜査に従事するタイプの刑事で、そのカンは大概ハズレる。
けれど彼の真骨頂はこのハズレの連続に根負けしない精神的タフさにある。
彼の捜査におけるカンとは、ある事件について、有り得る無数の可能性を抽出することに他ならない。つまり、事件について、可能性のある複数のスジを一つ一つを検証・潰す消去法が、今西流推理の鉄則なわけだ。
こうした今西刑事のスタイルは、日本のサラリーマン風土に根付いた、思考アプローチに相通ずるものがある。いわゆるカイゼンという思想がそれにあたる。
逆にいえば、清張はカイゼン手法を推理小説に導入した先駆者といえる。
清張全盛時代、カイゼンに邁進したサラリーマン族が同様な手法を推理に応用した清張キャラの刑事にいたく共感し支持さしたことは、想像にかたくない。
戦後、高度成長にむかうニッポンはサラリーマン族を輩出した。会社とそのサラリーマン族が信奉したカイゼンの美点を再認識することに最も適していたことが、清張の社会派推理小説の人気爆発の要因ではなかったか。
むろん、カイゼンに改善点はあるが、犯人はいない。ただ、カイゼン=推理・捜査のアナロジーは、改善点を犯人に格上げしたかもしれない。
別の言い方をすれば、カイゼンは犯人逮捕の警察捜査に最適な思考スタイルだった。
つまり、一般のサラリーマンはいくらトライ・アンド ・エラーを繰り返しても、「真犯人」には到達しえないのである。