○人物評は至難の芸当


本屋でちくま文庫の新刊、佐高信「タレント文化人筆刀両断!」(ISBN:4480421580 )を手にした。
いまは亡き「噂の真相」のコラムがその元になっていて、これまたいまは亡き社会思想社教養文庫で90年代前半に文庫化された。版元がつぶれて入手が困難になっていたのを筑摩が文庫再録したのだと思った。
司馬遼太郎の回を立ち読んだが、思っていたのと違っていた。たしか教養文庫版では、司馬遼は会社経営者の愛読書となっているからケシカランという頓狂な筆運びだった。今回のちくま文庫収録の司馬遼ブッタ斬りの理由は、「司馬遼は天皇制に触れていないから」になっている。
噂の真相」誌上で名物的コラムだったから、2、3回斬られた人がいてもおかしくない。おそらく司馬遼は二回ほど斬られたのだろう。悪口寸評は結局はヤクザの因縁と同じで、つけられた側はどうにも防ぎようがない。吹っかけたほうに勢いはあるが、下手をするとみっとなくなってしまいかねない難しい芸当だと思う。
個人的には教養文庫版の「社長が読んでるからケシカラン」の方が無茶苦茶で佐高らしいと思う。

出久根達郎「百貌百言」(ISBN:4166601997) は20世紀を生きた多士済々の日本人を、一人につき見開き2ページの枠組みで寸評したもの。出久根は古本屋という商売柄、本の背景、著者同士のつながりやら逸話に精通するようになったのかもしれない。
平塚らいてう、彼女は短刀を持っている緊張感が好きで帯にひそかに短刀を隠し持っていたらしい。北一輝少年は絵も得意で、日清戦争の絵を描くと、家業の造り酒屋に酒を買いにきた客がそれを争って買い求めたとか。また、服装のカジュアル化をいち早く予期した今和次郎は背広姿で詣でにきた共産党員に「君らはなんで資本主義の印半纏をきているのか」と説教したそうだ。
枡田幸三の回「名人に香車を引く」より引用。

十四歳にとき自転車もろとも谷底にい落ち、左足を折った。武芸者になるつもりだったが、「居職」の将棋指になるほかない、と決心し、母の物差の裏に「この幸三、名人に香車を引いて勝ったら、大阪へ行く」と書置きをして、厳寒の夜明け前、家出をした。

物差の裏に決意表明だよ。
悪口なしにも人物寸評はなり得るという好例。



百貌百言
4166601997出久根 達郎

文藝春秋 2001-10
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