角田光代「だれかのいとしいひと」
(文春文庫 ISBN:4167672022)


横山やすしは、十数年前テレ朝でお笑い芸人の勝ち抜き番組の司会をつとてていた(たしか糸井重里や漫画家の高信太郎が審査員にいた。爆笑問題はその番組で10週勝ち抜いた、はず)。
ヤッさんは。ジーパン長袖Tシャツの漫才若手を根気強く注意していた。背広を着ろ!と。
曰く、背広を着てれば様々な職業を即興で演じるコトが出来る。マドロス、警官、タクシーの運転手、酔っ払い。
つまり、舞台の上でしゃんとした格好をしろ!でなく、漫才のために必要なツールである背広をウデもないのに蔑ろにするなっていうのがヤッさんの意見だった。道理だったと思う。
そんなヤッさんもこの世を去り、第何世代かわからないが、空前のお笑いブームに世間はある。
いまやスーツ姿は漫才師たちにとってスタイルのひとつであって「絶対」ではなくなっている。ジャージで歌うコンビ、ズタボロな着流しでギターを弾く者、ボケはスーツを着用しツッコミはカジュアルを着るコンビもある。というか、ネクタイをしめない環境にやさしい政治家も飛び出てきた。
短編集「だれかのいとしいひと」に登場する男女や子供。彼らに私がヤッさんの背広効用論を言って説いても、彼らは「?」って顔をするだろう。それはヤッサンの背広効用論というか、ヤッさん自身を知らない若い世代が確実に世の中に台頭しつつああることを私におしえてくれる。
角田光代は、彼らに似た生活環境で彼らの日常の隣の隣あたりで起こりつつある出来事やその現在進行形をヤッさんとは全然別の感性で、何気なく絶妙に捕縛するのだ。私はヤッさんと角田のあいだに呆然とたたずむ、しかない。
表紙イラストは酒井駒子
児童書界隈では「泣く子も黙る」酒井さんだが、絵うまいなぁと今更ながら感心。
http://www.officek.jp/karakasa/monolog/sakaikomako.shtml


だれかのいとしいひと
4167672022角田 光代

文芸春秋 2004-05
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