○ヨシオ・ミーツ・ユーミン

成増北口商店街にブックオフがある。祐介は文庫のコーナーをそぞろ歩きながらケータイを取り出し昨晩受け取った右田からのメールの文面を呼び出した。
片岡義男の文庫がこっちのブックオフでずらっと並んでいるから、欲しいタイトルを教えろ」という文意の右田のメールを眺めながら、右田の年齢に不釣り合いなほどの屈託のない笑顔を思い浮かべた。
右田孝憲は元同僚。会社を一年前に辞め、栃木にある実家の酒屋を嗣いだ。会社で知り合った同僚の娘を嫁に迎えた。
右田は酒屋組合の寄合か何かで上京する。その際「一杯飲もうや」ということになる。先月も中旬に飲んだ。
右田と祐介の共通点は読書。読んでいるジャンル傾向はかなり異なるが、会社の同僚で野口武彦関川夏央小林信彦など渋めの書き手を知っているのは右田だけだった。
祐介は再度右田のメールを眺め、ため息をついた。軽いため息のつもりが、「あぁ」と声が漏れた。そばで新書の物色中の30女がちらっと祐介をみた。
先月飲んだときもその前のも祐介は最近お気に入りの片岡義男のハナシを右田に語った。小説よりもエッセーが面白いとか、写真もイイが写真に付ける片岡義男のちょっとした一文が人を食ったような味があって可笑しいとか、最近片岡義男の新刊がコンスタントに出ている。ちょっとした片岡義男ブームが再燃している等と主観的な意見を語った。
祐介は片岡義男を語るときの自分が一番リラックスしていて自分らしいと思う。だから栃木のブックオフの棚で片岡義男を発見した友人が自分にメールで知らせてくるのは案外当然だとも思う。実際自分でも営業で地方をまわる際、暇な時間はリサイクル型の古本屋に入る熱の入れようだ。角川の、赤い背表紙の、片岡義男の文庫が祐介を呼んでいる気がする。
俺は片岡義男の文庫を読みたいだけでなく、ブックオフの100円棚で偶然に出逢いたいんだなとふと気づいた。ただ右田から「ホレ、土産っ」とあの屈託ない笑顔で渡されるのも悪くないなと考えた。
「よろしく」と返信を送ろうとしたとケータイを操作したとき、ふと祐介の耳が荒井由美の「卒業写真」がとらえた。ブックオフは通常最近の流行曲を店内に流すが、時たまタイムスリップする場合がある。
吉兆を予感した祐介は弾かれたように早足で文庫コーナーを文庫100円コーナーへ移動した。「か」行の棚前に立ち、片岡義男の文庫チェックした。
「5Bの鉛筆で書く」!
何喰ぬ顔でそれを抜き取りレジで会計をすませ、足早に店を後にする。ありがとうございましたーというブックオフ特有のヤマビコ挨拶を背にケータイを操作する。「俺の楽しみを奪うな(笑)」と右田に返信した。