ウラジーミル・ナボコフ「ディフェンス」読み中
(河出書房新社/若島正(訳) ISBN:9784309204994)


シゴトの行き帰りの車中、ナボコフの「ディフェンス」を読みはじめる。
普段は車中を見まわし、熱心に読書する、頭髪オールバックで深紅のネクタイ男(ほば黒に近い茶の地にピンストライプ推定年齢37、8歳)の白泉社文庫とロゴ入りの黄色いブックカバーに目が釘付けになったり、洗濯しすぎで脱色した赤ジャージの二十歳前後の男、その背中の黒々とした真新しいプリントロゴが「アキバ系」とあるのを喜んだりする人間観察が常の私だが、もはやそんな暇はない。一切ない。
なぜなら、「ディフェンス」が面白すぎ!だから。もう読み出した途端、即行小説セカイに引きずりこまれてしまう。
「ディフェンス」は、ナボコフの「最初の傑作」にして最高のチェス小説。ナボコフとは、あのキング・オブ・小説、「ロリータ」の著者、その人だ。
大事件。
「ディフェンス」の面白さを一言でいうとずれば、そう、「大事件」という字面が似つかわしい。
池袋東武の7階で購入したので、旭屋のカバーがかけられている私の「ディフェンス」。私と同じ車両に乗り合わせている人々は言うにおよばず、私の左右のつり革につかまる男たち、それから私の正面にこ仕掛ける目のぱっちりした女性ですら、どうやらわたしの大胆な行動、このような大事件を朝っぱらから余裕しゃくしゃくで車内に持ち込み読みふけるという蛮勇に気づいていない様子だ。
私の脳内で、傑作だ!傑作だと半鐘が鳴っている。けれど、わたしはこの大事件の立ち会い人の地位を車中の誰とも共有したくない。表情筋伸縮をオフにし能面を装い大事件の隠蔽を試みる。傑作だ!傑作だ!まぎれもない傑作だ!半鐘は鳴り止まない。
私は、「ディフェンス」を車中以外では読まないと決めている。というのは、読み終えてしまうにはあまりに幸福すぎる読書だから。
だから、職場最寄り駅に到着したときの読書タイム終了の失望は案外軽い。鞄に本をしまい、いざ下車せんとふと目をあげた瞬間、開かない側の扉横に陣取る輪郭のはっきりしたおかっぱ女と目が合った。映画「ボーン・アイデンティティ」に出てくるニッキーによく似た女だ。ニッキーは私ににやりと笑ってよこした。
大事件を隠蔽するという私の計画は、いともたやすくニッキー女にご破算にされた。



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