実相寺昭雄「昭和電車少年」読了
(ちくま文庫 ISBN:9784480424419)


「昭和電車少年」は、実相寺昭雄が趣味の鉄道について書いたコラムやエッセーをまとめた雑文集。親本はJTB、2001年刊。この度ちくま文庫に収録された。
電車はとは何か?
むろん乗り物には相違ない。けれど、「昭和電車少年」を読んだ私は電車という存在を今一度定義したい、という衝動にかられた。
電車とは何か?実相寺にとって、それは作品だった。
作品たる電車には、作者があるわけだ。作り手の意図や世界に対する構えを汲み取ること、それが実相寺の電車との向き合い方だった。彼が電車を愛でるのは、そのデザインや装置に作り手の思想の反映を見たからだ。電車は作品である。だからこそ尊いのだ。
第三章「わたしの名車たち」という電車列伝式コラムは、そんな実相寺の電車観がつよく感じられる好例といっていい。各電車の勇姿や武勇伝を活写する紹介文は愉快だし、行間からにじむ各々の電鉄会社へ対する率直な筆者の敬意は、心を揺さぶる。一読すれば、誰しもここで歌うように愛でられた電車たちを是非見てみたいと思うにちがいない。
冷静と抒情。それこそが実相寺文章の肝だと思う。だから、「歌うように愛でる」なのだ。「歌う」のではなく、「歌うように」だ。この意味で、「潮騒の特急車 南海11001形」の出だし部分はその真骨頂というべきものだ。
225ページより引用。

  わたしの一族は元々九州の血筋である。そういうこともあり、西の方には頻繁に出向くのだが、東の方にはあまり縁がない。わたし自身、長じてからの仕事の縁もそうだし、縁者の住まいなどもそうである。東に縁があったのは、曾祖父が北海道で詐欺師まがいのことをしていたという噂と、父親が旧制高校時代を山形で過ごしていた、というぐらいである。その父も大学は西へ転じた。一族は、西に転じすぎ、はるか大陸へ夢をつなぎ、敗戦で尾羽打ち枯らしたのが惨めな結果だった。
従って、わたしの鉄道趣味もいささか西に偏している。

かつての大東亜の栄光、大陸という希望の新天地。それを振り返るとき、誇らし気に語る人もいれば、どこか後ろめたい気分になる者もあるだろう。さしづめ実相寺は後者のほうか。けども彼は一億総懺悔風に深刻ぶっているわけではない。おのれの鉄道趣味の西偏向に敗戦で夢破れた一族との共通性をみて、カラカラと笑っているのだ。
ある種の諦念は上質なユーモアを生む。実相寺昭雄とは、そんな男だった。



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