フーコーでなく、笠谷和比古


井上章一「狂気と王権」(ISBN:9784061598607)読了。
原武史の「昭和天皇」がおもしろかったので、引き続き近代天皇制関連本として購入。親本は紀伊国屋書店(1995年刊)。連載誌はいまはなき「宝島30」。
不敬罪の存在は気がふれた者を「不体裁」から「病気」に移行させ、入院処置をとるに至らせたその足跡を追い、医療の向上にともなうその権威が、熾烈な主導権争いにある政治当事者と結合し、やがて天皇その人を退位させる根拠となりうるまでに増幅した可能性を描くこころみ。この可能性ってのがミソ。
一見フーコー的なテーマにみえるが、井上は本書のヒントは笠谷和比古が解明した「主君押込」によったとしている。
「君主押込」とは何か?いわゆる武家式の無血クーデターといえる。私見では、元来武家の慣習だったそれが、近世以降町人レベルまで浸透したとみる。
明治維新の近代以前、「家」とは家族のよりどころでなく、けっして絶やしてはならないブランドだった。つまり、大名や公家、商人の家々では、家臣や番頭等は文字通り「「家」の臣であって、家を相続した当主の家来でなかった。ゆえに、位の高い家臣が当主の振る舞いが家のためにならないと判断する場合、強制的に当主を隠居させ、あらたな当主をたてることもあった。
そうした文脈でいえば、近代天皇制を支えるあの「万世一系」ってやつも、「家」信仰ともよべるプレモダンな習俗に乗っかったものだったといえるだろう。
ちまたの習俗をうまく利用した「万世一系」だが、しかしそれゆえに天皇は臣下たちの内心に戦々恐々としていたと井上は推断する。
今回講談社学術文庫からリリースされた「狂気と王権」だが、井上の八艘飛び式の構成は学術書というにはやや荒削りな印象をうける。ま、このダイナミックな筆運びが井上の持ち味だから、あまり言い募っても仕方ない。だた冒頭でもふれたが、原武史昭和天皇」をふまえて読むと、退位を迫る勢力におびえる昭和天皇をうきぼりにするあたり、井上の八艘飛びもなかなか捨てたもんじゃないなと思った。
文庫版あとがきの面白いエピソード。井上が所属する日文研梅原猛所長のところに公安から井上の人物照会があったらしい。「宝島30」の連載を読んだらしく、虎ノ門事件の難波大介の評価から、「井上はアカか?」と。
「井上はピンクだ」と応えたと梅原は井上に言ったそうだ。



狂気と王権 (講談社学術文庫 1860)
狂気と王権 (講談社学術文庫 1860)井上 章一

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