○タヌキが語るスペクタクル京絵巻


森見登美彦有頂天家族」は、千二百年の都、京都の歴史や風物をタヌキの視点から語り直そうという壮大なココロミ。
語り手は、平安京遷都の折平城の都から移り越してきたタヌキの末裔・下鴨家三男、矢三郎。先祖代々、京都をネジロとしてきた彼には強烈なミヤコ狸としてのプライドがある。けれど、いかんせん根が畜生だから、後先考えず享楽を優先するタチでもある。つまり矢三郎は、ケモノと都会者という二つ「血」、相反する属性が同居するタヌキなわけだ。もしかすると、それはカリカルチャライズされた京都人に姿なのかもしれない。また、部分的には森見自身の自画像ととれなくもない。
興味深いことに、矢三郎の平生行動規範はきわめて儒教的だ。まだ化ける術の拙い弟を助け、母親を敬慕し、なんだかんだ言っても、兄貴たちをそれなりにリスペクとしている。また、亡き父の偉大さを回顧しつつ、自身のふがいなさを戒めたりする。さしづめ前述した矢三郎の二つの属性、ケモノと都人(?)という両者を統合しているのが、この儒教的道徳観とみていいだろう。けれど、キャラクターとしての自己と同一性は保持されたのかもしれんが、個人的にはこの儒教くささに違和感があった。有り体にいえば、排他的な臭いを感じた。ま、フィションに目くじら立てても仕方ない。所詮は趣味の問題だろう。
ネットで読者の感想を眺めると、高橋留美子の「うる星やつら」やジブリアニメとの親和性を挙げる向きが目につく。しかし森見の作家的野心は、「うる星やつら」やジブリアニメ式に「もう一つの京都」をつむぐことでなくて、それを矢三郎を通して語らせることにこそ重きがあるのではないか。
幻冬舎のPR誌で第二部の連載が始まったと聞く。どうせやるならライフワークのつもり取り組んでほしい。


有頂天家族
有頂天家族森見 登美彦

幻冬舎 2007-09-25
売り上げランキング : 908

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

関連商品
夜は短し歩けよ乙女
新釈 走れメロス 他四篇
四畳半神話大系
太陽の塔 (新潮文庫)
きつねのはなし