佐藤優国家の罠」読了
(新潮社 ASIN:4104752010)


ここ10年くらいか、職人礼賛ブームがある。おそらく「プロジェクトX」的もの作り立国日本史観がその背景にある。
戦後日本がもの作り立国できたのは、国民(サラリーマン)の特別な勤勉性のせいではなく、米国の二次大戦後の極東政策により、日本からドンドンものを買ってくれたおかげである。だから、今日ある職人礼賛趣味な、米国庇護の下培われた日本の産業構造を、アイデンティファイするという仕草は、相当自己本位ですっとこどっこいであると私は思う。
職人を褒め称える天職という言葉もまた職人礼賛ブームによりクローズアップされているが、これも曲解のなせるわざだ。
元来、天職とは自分にジャストフィットした職業の意味ではない。天職の意図は、教会側の不正癒着を批判し、これに頼らず、勤労にいそしむこそことこそが神につながる道であるいうカルヴァン派の説教に基づく。つまりどんな職業であれ、精進すれば天国にめされるぞ、という説教。この説教の論法からすれば、天職とは今従事している職業をさすのだ。つまり天職は警察でも引越し屋でも本屋でも、証券マンでもかわまわないのだ。それから、靴職人が靴メーカーを渡り歩くことは許されても、靴屋職人がラーメン屋に転職したり、Webデザイナーに転身することは天職の意味から逸脱した行為となる。
そういう意味で、職探しを通じて自分探しを模索する一部のフリーターは、天職の発案者カルヴァンの見地からすれば、異端となる。
くだんの職人礼賛ブームの、達観したような職人の言葉に含蓄を見出す手口はまったく好きになれない。これが畳屋や風鈴屋、レンズ磨き職人などの特定分野のそれならその頑固さに付き合わずにすむからイイだろう。しかしこれが公務員だった場合、職人万歳と能天気に叫んでられるだろうか。
国家の罠」の著者、佐藤優は外務省元主任分析官。対ロシア外交に関する情報の収集、分析を任務としてきた人らしい。彼は鈴木宗男ムネオハウスに絡む利権疑惑で、宗男の手足となっての活動に犯罪容疑がかけられ、逮捕起訴された。
国家の罠」は、その渦中の人佐藤が、逮捕直前から一審判決までを記録したもの。この本の魅力はいわゆる役人的な書類作成文章術を排し、己の信念もとづき状況を分析し把握し、自らの潔白の立証とこれが認められない場合の将来にわたる国家的損失をがなりたてるという筆法にある。
もっとも仰天させられたのは、一審最終弁論で、佐藤が被告席から、真の犯人は誰それで、その根拠はコレコレこういう推論だとブチあげるくだり。新本格派の名探偵の「犯人はこの中にいます」的な見せ場を地で行くという破天荒さ。
また、西村という佐藤取調べ担当の検索官も相当佐藤には困っている様子も最高。佐藤がいうように、これが「国策捜査」なのかどうかは私にはまだわからない。が、もし仮にそうだとしたら、検察はある意味トンモナイ地雷を踏んだかもしれない。
この容疑に関し、事情聴取を受けた関係者の大学の先生や外務役人はどんどん検察に万歳降参していくわけだが、佐藤のみが降参しない。たぶんそれは彼の職業倫理の高さのせいだと思う。つまり、彼の検索に対するかたくなな態度も外務役人として職務遂行と彼はみなしているのだと思う。つまり彼は職人なのだ。
諜報活動的な裏方仕事という性質上、彼の日本国外務省の役人としてのアクションを理解者はそう多くなく、外務の幹部クラスに限定されるようだ。だから西村検察官が、その幹部クラスがオマエさんを切ってんだから、義理立てするのはもう止そうじゃないか、と持ちかける。けれど佐藤はガンとして自分の罪を認めない。佐藤は、検察とのこの闘争が各国の同じような諜報活動的な外交戦略チームの連中が見ているという意識があり、彼らに「佐藤優はやっぱすげぇ」と思わせ、それが日本の国益につながると確信しているようだ。検察はやっぱ地雷を踏んだのではないか。
土下座と恫喝の政治家、鈴木宗男に対する佐藤の態度も首尾一貫している。鈴木宗男を守るという剛直な姿勢もおそらく個人的思慕なものでなく、外務役人の任務と心得ているのだろう。魂胆がどうであれロシア外交に尽力してきた鈴木を用済みだから切り捨てるという態度を外務省がみせれば、今後ロシアはもとより、その他諸外国も対日外交に不誠実な態度をとりかねないという国益保護の判断が、佐藤にはあるのだろう。
耳に心地いい職人本を十冊読むより「国家の罠」が一冊を読むほうが、職人と付き合うことののシンドさを堪能できると思う。


国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて
国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて佐藤 優

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