○柴田哲孝「下山事件 最後の証言」読了

祥伝社 ISBN:4396632525

森達也下山事件(シモヤマ・ケース)」は、下山事件に関わってた身内をもつ『彼』に端を発している。その森の著作から一年ほど遅れて本書「下山事件 最後の証言」が出版された。著者は柴田哲孝。この柴田こそ、「下山事件(シモヤマ・ケース)」に登場する『彼』だ。
柴田は、森シモヤマケースに批判的だ。というか、森に対して本気で怒っているようだ。その理由は、柴田が提供した身内の証言を森が改竄したからだ。ただ私は、自ら筆をとることを柴田に決断させたのは、森の改竄だけではなく、森の下山事件に対するアプローチが、柴田にはもどかしく感じたためだと思う。実際、森の「下山事件(シモヤマ・ケース)」は、ノンフィクションというより、「余はいかにして森達也になりにしか」といった塩梅のメディアシタラシー警鐘家・森達也誕生秘話を自ら綴った私小説的な著作だと思う(森著作の文庫解説を佐野眞一が書いているが、どういう経緯で引き受けたのか不思議に思う。この程度の改竄ならノープロブレムと思ってるのか?)。だから、下山事件の真相に迫るといういう意味では、本作に軍配があがる。
先にも述べたように、柴田は森の情報改竄をきつく批判している。けれどその割には持論の展開は鉄板ではない。下山事件に関して、彼がガセと決めつける情報と真であるとするそれの基準は、結局柴田の主観が大きくハバをきかせている印象をうける。「思わせぶり」。柴田の筆法を端的にいうならそれに尽きる。
ゆえに到達した真相自体より、柴田が下山事件に引いた「補助線」の妙こそ評価されるべきだと思う。
その「補助線」とは張作霖爆殺事件であり、満鉄だ。柴田の着想は、戦中の満鉄人脈と戦後、戦犯から表舞台に復活を果たす連中を連結させる。張作霖爆殺事件と下山事件が関連があるというわけではない。補助線はやっぱり補助線にすぎない。ただ、当時の日本と下山を取り巻く状況を考慮するなら、あながち頓珍漢ともいえない絵づらがみえてくるということだ。

下山事件の起きた昭和20年代、佐藤栄作は巨大な国鉄権益の親玉であった。
アメリ国防省及びGHQが来るべき極東地域における共産勢力との武力衝突にそなえ、国鉄の軍属下を構想していた。
アメリ国務省及びCIAは国防省とは別の極東政策を画策していた(ドッジ・ラインやハリー・カーン)。
○当時日本は敗戦からの独立を勝ち取るうえで、アメリカ単独講和か全講和かの綱引きがあったこと。
○殺された下山国鉄総裁は、左系国鉄職員に偏らない人員整理を模索し、場合によっては国鉄がらみ汚職告発のタイミングをはかっていた可能性があった。
○G2、CIAおよび日本の保守勢力は反共において一致していた。

以上を総合したとき、絶妙な外交の舵取りをした政治家とその周辺が浮かび上ってくる。柴田の引いた「補助線」はそこに行き着く。


下山事件―最後の証言
下山事件―最後の証言柴田 哲孝

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