「book」

桐野夏生「水の眠り 灰の夢」
(文春文庫 ISBN:4167602024

週刊誌の黎明期、「賞味期限」の制約上、新聞社系のそれが幅を利かせていたと何かで読んだ記憶がある。旬なネタを拾うことに関しては、記者のノウハウが活かせる新聞社が有利だったということだろう。
出版社系では「週刊新潮」が先駆で、新潮は大宅荘一を起用。要するにネタ探しを外注するという戦法を編み出したわけだ。これが業界の予想に反してが当り、続々と雨後のたけのこヨロシク出版社が週刊誌に参入したようだ。
週刊文春」創刊に際して、文春は梶山季之とその仲間を「傭兵部隊」として起用した。これがまた馬鹿あたりしたのだそうだ。
今や死語の「トップ屋」という稼業は出版社系の週刊誌を支えた傭兵部隊のフリーランスの記者、ライターを指す。彼らの得意分野はスキャンダラスなもので、これは新聞がその気位からなかなか手のだせない領域だったのだろう。だから「トップ屋」には蔑称風の響きもあったようだ。

「水の眠り〜」の主人公、「村善」こと村野善三は、「週刊ダンロン」のトップ屋遠山軍団の腕利きの記者。
昭和38年、五輪を控え急ピッチで都市インフラ整備が進むさなかの東京。遠山軍団の首領、遠山は最近トップ屋稼業から作家に転進をはかっており、ダンロン誌の方でもゆくゆくは、自前で取材・編集まわしていきたい意向がある。
遠山軍団はそれまでのツナギ。その業界では名の通った遠山軍団も絶頂期は過ぎ、「終焉」が近づいていることを軍団それぞれが察し、各々は今後の身の振り方を探っている。そんな矢先、村野は地下鉄車内で事件に遭遇する。

事件の謎解きよりも、その背景の設定が私のツボだった。
作中の遠山軍団、その遠山は、梶山季之をヒントにしているようだ。巻末で井家上隆幸さんが、朝日新聞社扇谷正造と梶山が飲み屋で遭遇した際のエピソードを紹介しつつ、水先案内に絶好の解説を書いている。
私にとって梶山は「せどり男爵奇譚」の作者で、この解説でトップ屋としての梶山の評判やその彼の作家転進そのきっかけを知り、俄然興味沸騰、梶山作品も読みたくなった。
そういえば、扇谷遭遇のエピソードは「せどり男爵奇譚」(ちくま文庫)の解説で永江朗さんも紹介している。
せどりとはあの古本のセドリを指すのだが、こんなマニアな小説を書いている梶山とフットワークが身上のトップ屋というのは一見重ならない。が、解説中で永江さんは大胆に推理、せどり男爵の梶山とトップ屋の梶山に橋をかけるココロミをしている。永江さんはちょっと無理やりかと自分ツッコミしているが、トップ屋のネタ収集の術の一端を垣間見みれたように思った。嗚呼、まったく「水の眠り〜」評でないネ。


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参照
松岡正剛の千夜千冊,梶山季之せどり男爵数奇譚
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0536.html