本田靖春不当逮捕」読了
岩波現代文庫 ISBN:400603010X

読売新聞社会部の立松和博の型破りな人生とその挫折を戦後日本のあゆみに重ね合わせて描いたノンフィクション。
当逮捕の真相を暴くように書きつつ、本来の目的はその向こう側にあるという二段構えは、本田という著者のジャーナリスト資質からはみ出した文士的性質によるのかもしれない。
「何かかが変わった」と胸中思いながら仕事に忙殺され、それを省みる間もなく突っ走り続けたのは、なにも当時の新聞記者だけではないだろう。
戦後の焼け跡から爆発的な勢いで復興を遂げるとき、日本中誰もがモーレツに仕事をこなしていたのだと思う。あの司馬遼太郎にすら見られる気配だが、どうも日本の新聞記者はジャーナリストという自己に酔っているふうな印象を抱く。たしかにどんな職業でも誇りは大切だろうが、それが度を越しては嫌味なだけでなく「公共の福祉」においても障害となるはずだ。立松の逮捕はその一例だった。

タイトルの「不当逮捕」とは、直接的にはある記事がきっかけで立松が身に振りかかった「災い」をさすが、間接的にその「何か」を暗示しているようだ。
立松が数々のスクープをものにしてきたのは、彼が検察のなかに独自のツテがあったためだった。
立松の逮捕はそのツテが原因だった。身からでた錆というのは酷かもしれないが、不当取材が不当逮捕を招いたことは否めない。
立松は伝家の宝刀不当取材がいつまでも大目に見られると信じていたフシがある。そして、この不当取材への無頓着さが彼がすっ転んだ原因だったと思う。
立松は新聞記者という職業に中毒していた。この中毒こそ本田がタイトル「不当逮捕」の裏側に滑り込ませた、「何か」だと思う。新聞記者は立松にとって天職だったか?一時は天職だったが、そうでなくなった。
本田が「不当逮捕」を書こうと思った動機は、立松を懐かしがることでもなければ、新聞が輝いていた一時期を追慕でもないだろう。
自己を観察する冷めた意識、というと野暮ったくなるかもしれないが、本田は、新聞記者立松和博の「不当逮捕」から新聞記者という生き方のエッセンスを掘り起こそうとしたのだと思う。
時代のせいでもなく、検察内部の派閥抗争のせいでもなく、ただ単に立松のチョンボだったという本田の結論は、立松に対する皮肉のようで皮肉でない。
「ポン公、おまえ一人前になったなぁ」と立松なら笑ってくれるはずだ。
と書いてみたが、そんな本田にも新聞記者特有の変な酔いを感じざるをえない。これが俺は大っ嫌いなのだと再認識した。


不当逮捕
不当逮捕本田 靖春

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