川上弘美「ゆっくりさよならをとなえる」
新潮文庫 ISBN:4101292337

左投手が投げる姿はどうも危なっかしいな、と以前は思っていた。単にノーコンというのでもない。制球より制身。なんかフォームがよたっている、ふわふわして頼りない印象を左投手に漠然と感じていた。
川上弘美のエッセー集「ゆっくりさよならをとなえる」は、久々に左投手のあやうい感じを思い起こさてくれた。
唐突だが、本を読むことはキャッチャーたることだ。
キャッチャーは捕球を通し、投手の調子やら風向き、対戦チームの打線の弱みや監督の采配の癖などの情報を収集する。読む行為も文章の向こうに書き手の伝達したいことや彼らの意図せぬ効果を捕まえる。

キャッチャーの任務は試合を捕らえることだ。捕球はそのため糸口である。同様に読者の任務も、書き手の文意を理解しつつ、本そのものを捕縛することにある。
川上弘美の文章はとてもふわふわしている。体重がまるっきりノってない、典型的な左投手の球を彷彿させる。読み進めても落としどころがまっるっきり分からない感じ、それも左投手だ。
けれど川上弘美は並の左投手ではない。凡庸な左投手と彼女が決定的に異なるのは、無頓着なまでのその投げっ振りの良さだと思う。