雫井脩介犯人に告ぐ
双葉社 ISBN:4575234990

鯨統一郎の「邪馬台国はどこですか?」のような軽妙なおしゃべりの延長風のミステリーが好みだ。ある種の荒唐無稽さは興ざめではなくユーモアだ。要するにフィクションのなかの死体の血はとトマトケチャップであるのが順当と考えている。ゆえに、いわゆる社会派ミステリーの類いに関心はあまりない。そんな読書趣味の私でも本書は抜群に面白かった。なんと云っても前代未聞の「劇場型捜査」という捜査スタイルが興味をひく。
「川崎男児連続殺人事件」の犯人は、自らを「バットマン」と名乗り、番組中自分を貶したキャスターに対し挑発的な内容のコメントを手紙を送りつけた。
犯行声明や犯行予告がマスコミを通してなされる誘拐事件やスーパーの陳列商品に毒を混入させるような企業テロを俗に劇場型犯罪というが、作中事件はその典型だ。
捜査難航を打開するために巻島は足柄署から呼び戻され、現場陣頭指揮を一任される。また、ニュース番組に出演し犯人に呼び掛ける。「劇場型捜査」の顔として。
遺族感情、捜査員のプライバシー、とりわけ犯人の心理的あたえる影響が全く読めない点など、改めて考えてみると「劇場型捜査」は非現実さがある。おそらくそれは劇場型犯罪がそうであるように「劇場型捜査」がそれらしくあるためには、扇動的でなくてはならないからだ。
巻島刑事の出演するニュース番組はおそらくテレビ朝日ニュースステーションをモデルにしたと思われる。キャスターの韮崎は番組中独特なパフォーマンスで巻島に臨む。そこに捜査方法へのジャーナリズム側の批判とお茶の間の興味に応えようするテレビ屋の打算が垣間見え、ありえないはずの、扇動的な「劇場型捜査」が現実味を帯びてくるから些か怖い。つまり、メディアを利用しようとする警察の魂胆が「劇場型捜査」なのではない。テレビをみたお茶の間の感想や視聴率、そしてそれらを今日の番組内にフィードバックすることが渾然一体となったものこそ「劇場型捜査」なのだ。別の言い方をすれば、普段我々が見ているニュースショーは、犯人でなくお茶の間に語りかける「劇場型捜査」のようなものなのかもしれない。
帯で、横山秀夫、福井春敏、伊坂幸太郎の3人の当世売れっ子作家が讃辞のコメントは、幅広い読者層に支持されるだけの器量を備えいる証左だ。元書店員としての勘では、今年の「このミス」で上位ランキングは間違いない。