○摩耶雄嵩著「名探偵 木更津悠也」読了
(光文社/ カッパ・ノベルス ISBN:4334075649

すーぶ。沖縄の方言で元来「勝負」の意味だが、私が子供のころ、(力量や能力が)互角の意で用いるのがもっぱらだった。言葉も時代によって、その意味内容を更新するというころか。
名探偵木更津悠也は、凡百の名探偵と一線を画す。それはワトソン役の香月の在り方のせいだ。彼が木更津に名探偵性を観るのは、灰色の脳細胞に依るのでもなければ、名探偵じみた奇行のためでもない。ただただ、名探偵として木更津は「絵になる」という一点に起因する。
もしかすると香月は木更津よりも先に事件の真相にたどりついている。それでも、彼がワトソン流にマヌケな間(愛?)の手で木更津をサポートするのは、木更津の名探偵っ振りの良さに心底惚れ込み、それを間近で堪能したいからに他ならない。
私の推察では木更津と香月は探偵として、すーぶの、互角の能力がある。香月は木更津の名探偵としての才能にワトソン役称賛をするのでは、ない。己にはない、名探偵としての「華」を木更津に見据えたがゆえに、見巧者として積極的にワトソン役という桟敷席につくのだ。ある意味、名探偵とはワトソン役のフレーム(世界に対する構え)に宿る、と言えるかもしれない。
なお、香月の手による「名探偵木更津悠也の事件簿」という体裁のため、これまでの摩耶作品に比較してかなり読みやすい。諦念の探偵、香月はそんな副次的な効果を読者に提供もした。