田中啓文著「蹴りたい田中」読了。
(ハヤカワJA文庫 ISBN:4150307628)

「バカだねぇ、田中は」というときのバカは敬愛の意を込めたバカなのだが、こういう言い回しはある種、粋人的境地の用語となっていまうのが嫌。
「やいってめぇ、バカとはなんだ、バカとは!」
「バカだからバカだっていったのさ、このうすらトンカチ!」
「なんだぉ、このメスゴリラ!てめぇなんかバナナのカドで頭打って死んじまえ!」
ま、従来の罵倒語としてのバカが上等とは思わないが。
田中啓文は「バカ」の探検家ではないだろうか。リビングストーンがアフリカにこがれたように、私には、田中が「バカ」の荒野を颯爽と歩む画が浮かぶ。「バカの壁」なる新書がベストセラーになったのは記憶に新しいが、田中にとってSFとは、バカの幅、バカの潜在的度量を己の身をかけて、探る旅ではなかったか。彼は駄洒落を連発する。が、我々読者は笑う前に蹴りたくなる。しかし蹴ろうと思った瞬間、田中の駄洒落はは大日如来に化身しまぶしく輝き始める。
短編集「蹴りたい田中」は、駄洒落の森のなかでラッパを吹く天使に遭遇したような軽い幸福を読者に約束する。