奥田英朗空中ブランコ」読了
文藝春秋 ISBN:4163228705
あらたな精神科医像を提起した「イン・ザ・プール」の続編。
精神科医伊良部一郎は伊良部総合病院の跡取り息子。精神年齢は5歳児。注射が皮膚に刺さるとこと観るのが好き。注射係は椎名林檎高橋留美子キャラがブレンドされた看護婦マユミ。スローライフなるものがもてはやされる昨今だが、伊良部の病院は別時間が流れている。
彼は患者のハナシそっちのけで、己の欲望に邁進する。空中ブランコに乗りたがったり、キャッチボールをしたがる。患者らは、医者という概念から全くかけ離れた伊良部に遭遇し、己の器量の狭さを痛感するという寸法。簡単にいうと伊良部の治療とは、己のワガママを思いっきり患者にぶつけ振り回すことなのだ。ワガママセラピーとでも言うのか。
世間とは厄介なもので、なにかをやり遂げるにあたって世間とそれなりに歩調を合わすことも必要だったりする。多少オーバーにいえば、遂行するため9割方の努力は世間とのすりあわせだったりする。要するに我々は日々そんなコトに頭をめぐらしている。で、知らず知らずに世間で生きるすべこそが目的化してしまう。
人間不信の空中ブランコ乗り、先端恐怖症のヤクザ、送球恐怖症の三塁手、義父のカツラを暴きたい衝動に駆られる医者、ワンパターンを踏襲しているくせに、以前に書いたんじゃないかと強迫観念にさいなまれる女流作家。おおざっぱに言ってしまえば、伊良部の患者はいつの間にか世間に憑かれた人たちだ。抱腹絶倒する読者はもまた患者予備軍に他ならない。