伊藤俊治「バリ島芸術をつくった男」(平凡社新書 ISBN:4582851266

ガムラン魔女ランダ、そしてケチャ。バリと聞いてイメージするそれらは、実は土着のバリの伝統芸能ではない、というハナシ。
ありていに言えば、ケチャダンスはドイツ人画家ヴァルター・シュピースによってつくられたということ。
けれど伊藤俊治は、だから駄目だと言いたいのではない。
むしろ、誰よりもバリ大好きっ子だったシュピースの足跡を振り返ることで、芸術の可能性とその影を再考することを本書で促している。
芸術/観光ショー。伝統/創作。植民地主義ポストコロニアル。あるいは、何をどうみせるかを巡る、パフォーマンスとフィールドワークの関係。
本書における伊藤のデザインは周到で、素朴派の巨匠アンリ・ルソーの作風やバリを調査した人類学者、グレゴリー・ベイトソンとマーガレット・ミードの仕事の比較を通し、シュピースの芸術活動とバリの関係を浮き彫りにすることに成功している。もはや、のんきにホストコロニアルと念仏を唱えている時期は過ぎ去ったのだ。

本書を読み中、本屋で養老孟司茂木健一郎の対談集の「スルメをみてイカわかるか!」というタイトルが目に飛び込んできた。
シュピースの芸術とは、まさしくバリを丸ごと全体を活写しようという試みだったのではなかったか。
ウォルト・ディズニーがランドを建設したように、シュピースもバリにイメージの遊園地をつくったと言うのはやはり言葉が過ぎるだろう。
けれども、バリから連想するイメージが、ガムランやケチャなどシュピースとバリのコラボレーションのいくつかであることは確かな事実だ。
その事実は、ケチャは嘘もんのバリだ云々という
かりそめの伝統主義の批判や机上のポストコロニアル批判と間違っても握手なぞしない。
そして、芸術が芸術家の手から離れ、龍のごとく天空に上るための歓喜の口笛を奏でるのだ(ああ、変な文章書いてもうたー)。